採用広報とは何か

2024.10.17
採用関連用語

執筆:秋山紘樹
協力:雨宮百子
作図:髙橋麻実

広報という言葉は「情報を発信すること」と捉えられることが多いでしょう。確かに、一見すると一方的に情報を伝える印象を受けます。しかし、広報は単なる情報発信にとどまらず、組織と社会との関係構築という、より複雑な役割を担っています。本記事では、広報という言葉の起源から発信の意味や活動の重要度について考えていきます。

「広報」という言葉の起源と背景

広報を理解する上で重要なのが、その英語表現である「Public Relations」です。実は、広報という言葉はこの日本語訳として定着したといわれています。
『広報・パブリックリレーションズ入門』によると、第二次世界大戦後、日本がGHQの占領下に入った際、GHQは国民統治の方法の一つとしてPublic Relationsの導入を指導しました。当時、この概念を適切に表現する日本語が必要とされ、行政が考えた訳語が「広報(弘報)」だったという説[1]があります。

現在、多くの人はPublic Relationsを略した「PR」という言葉をよく耳にします。しかし、この「PR」という表現は、時として本来の意味とは異なる使われ方をすることがあります。例えば、単なる「宣伝活動」や「販売促進」、あるいは「報道発表」といった意味で使われることもあります。これらはPublic Relationsが本来持つ意味の一部でしかありません。
Public Relationsとは、さまざまな人々(Public)と良好な関係を構築する(Relations)ことです。ここでいう「人々」には、メディア、政府、株主、顧客、地域社会、従業員も含まれ、対象者によって呼び方が変わります。例えば、メディアとの関係構築はMedia Relations、政府との関係構築はGovernment Relations、株主との関係構築はInvestor Relationsといった具合です。採用広報は、この「人々」の中でも特に「未来の従業員」との関係構築に焦点を当てる活動です。

日本広報学会は、広報を次のように定義しています[2]。

「組織や個人が、目的達成や課題解決のために、多様なステークホルダーとの双方向コミュニケーションによって、社会的に望ましい関係を構築・維持する経営機能である」

この定義を踏まえ、採用という文脈で広報を考える際に外してはならない要素は以下の3点になります。

1. 明確な目的の設定:何を解決するための採用広報なのかを明確にする
2. ターゲットとなる人材像の明確化:どのような人材と関係性を構築したいのかを定める
3. 双方向コミュニケーション:情報を発信するだけでなく、相手の声に耳を傾け、互いの理解を深め合うプロセスを継続的に行う

これらの要素を意識することで、採用広報は単なる情報発信に留まるのではなく、組織と将来の従業員との間に意味のある関係を構築する活動となります。

「発信」より重要な「受信」とは?

採用広報において、ターゲットとした候補者との双方向コミュニケーションは極めて重要です。しかし、多くの組織が陥りがちな誤りは、自社が伝えたいことを一方的に発信することに注力するあまり、受信活動、すなわち相手の声を聞くことを軽視してしまうことです。

『広報・パブリックリレーションズ入門』によると、広報PR活動におけるコミュニケーションは「広聴」と「広報」という二つの形で現れる[3]と説明されています。ここでの「広聴」は情報のインプット、つまり受信を指し、「広報」は情報のアウトプット、つまり発信を指します。簡潔に言えば、「聞くこと」と「話すこと」です。

効果的な採用広報を行うためには、何を伝えるかを考える前に、まず「広聴」活動を行うことが大切です。広聴活動が必要な理由は、採用市場や候補者のニーズが常に変化しており、自社の認識と実際の市場の状況にズレが生じる可能性があるからです。適切な広聴活動なしでは、的外れな情報発信や効果の低い採用活動につながる恐れがあります。

具体的には、広聴活動は以下のような点を理解するために行います。

1. ターゲットとなる人材がどのような要求や要望を持っているか
2. 自社が届けようとしているメッセージが独りよがりになっていないか
3. ターゲットとしている人材から自社がどのように受け取られているか

つまり、自社が発信したい内容作りに集中する前に、採用ターゲットとしている人々が何に対して興味や関心を持っているのかを把握することから始めるべきです。これが「広聴」活動の基本です。適切な広聴活動を通じて得られた洞察は、より効果的で魅力的な採用コンテンツの作成などにつながります。

そもそもなぜ発信活動が大切なのか?

ここまで、「広聴(聞くこと)」について説明してきました。ここからは、「広報(話すこと)」についてもう少し深くお話できればと思います。 採用活動における発信活動の重要性は、候補者体験を詳しく見ることでより明確になります。企業からの適切な情報発信は、候補者の意思決定プロセスに大きな影響を与えるからです。

入職活動を行う候補者は、企業を知ってから入社に至るまで、様々な経験をします。この過程で候補者が接する情報源(タッチポイント)は多岐にわたり、その性質も多様です。これらのタッチポイントを体系的に理解するために、「情報の発信元(企業/企業以外)」と「情報の公開性(公開/非公開)」という2つの軸で4つの象限に分類してみましょう。
この分類を通じて、狭義の広報、つまり企業からの発信活動が候補者の意思決定プロセスにおいて果たす重要な役割が明確になります。適切な発信活動は、候補者に正確な情報を提供し、企業への理解を深めるだけでなく、優秀な人材を惹きつける上で不可欠な要素となるのです。

図1 企業を認知してから入社に至るまでに候補者が接する情報源(タッチポイント)

4つの象限は以下のように意味づけられます。

A. 公式情報:企業が公開する情報(採用サイト、オウンドメディア、社員ブログ、SNSなど)
B. 評価:企業以外が公開する情報(テレビ/新聞の報道、業界レポート、第三者機関によるランキングなど)
C. うわさ:企業以外の非公開情報(友人・知人、取引先、口コミサイトなど)
D. 内情:企業の非公開情報(カジュアル面談、面接、会食など)

ここで重要なのは、左側(AとD)は企業が発信内容をコントロールできますが、右側(BとC)は直接的なコントロールが難しいという点です。そのため、採用担当者がまず注力すべきは「コントロール可能な情報源」であるAとDの象限になります。
特にA象限は、候補者がD象限(実際の接触)に進むか否かを判断する重要な役割を果たします。ここでは、自社に関する基本的な情報を提供しつつ、候補者の興味を引くようなコンテンツを整備し、効果的に届ける必要があります。

A象限は、企業がWeb上で唯一直接情報発信できる場所です。ここに十分な注力をしないと、当たり障りのない情報しか提供できず、候補者の興味を失う可能性があります。そのため、A領域に注力することが採用広報活動で大切と言えるでしょう。
効果的な採用広報は、これらの象限を意識しながら、候補者の全体的な体験を設計し、各タッチポイントで適切な情報を提供することで、質の高い人材の獲得につながります。

「聞く」と「話す」のサイクルを効果的に回そう

ここまで「広聴」と「広報」について考えてきましたが、実際の採用活動においては、「広聴」と「広報」は厳密に分離されるものではありません。むしろ、これらは循環的なプロセスとして機能します。例えば、ある情報を発信した後、その反応を「広聴」し、それを基に次の発信内容を調整するというサイクルが形成される場合もあります。順番は前後することはあるものの、この継続的な「聞く」と「話す」のサイクルこそが、効果的な採用広報の要となります。

また、ターゲットの声を「広聴」するために、どの程度の予算をさくのかというような問題も生じるでしょう。その場合、まずは外部の人間へのインタビューを進める前に、最近入社した社内の人間へのインタビューを進めるというのも一案かもしれません。インタビューについては「EVPとは何か 能力の高い人材は、会社を選ぶとき何を求めるのか」にも記載しているので、よろしければそちらも参照してください。

参考文献
[1] 猪狩 誠也(編著), 2007年1月, 広報・パブリックリレーションズ入門, p. 52, 宣伝会議
[2] 日本広報学会, 広報概念の定義 背景と目的
[3] 猪狩 誠也(編著), 2007年1月, 広報・パブリックリレーションズ入門, p. 21, 宣伝会議

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