人材ポートフォリオとは何か

2025.01.31
採用関連用語

執筆:秋山紘樹
協力:雨宮百子
作図:髙橋麻実

近年、「人材ポートフォリオ」という言葉を耳にする機会が増えています。とりわけ、経済産業省が発行している『人材版伊藤レポート』においては、人材戦略を具体化するうえでの重要な取り組みとして紹介され、その意義が再認識されつつあります。こうした背景を受けて、人材ポートフォリオは経営戦略や人事全体の文脈で語られることが多いですが、採用担当者の視点から見ても、じつは多くのヒントを得られる考え方です。
そこで本記事では、採用の実務に照らし合わせながら、人材ポートフォリオの考え方を整理し、どのように活かせばよいかをわかりやすく解説していきます。

採用活動で、こんなシーンはありませんか?

1.「求める人材がなかなか集められない」
企業として求めるスキルや経験をリストアップして募集をかけたものの、いざ募集を進めてみると、まったく応募がこない。要件を少し緩めたほうがいいのか、時間をかけて探し続けるのか、判断に迷う

2.「経営者・現場責任者・採用担当者の認識が噛み合わない」
経営者は「コストを抑えて採用したい」、現場責任者は「即戦力がほしい」、採用担当者は「コストを抑えながら即戦力人材を採用するなんて…要件が厳しすぎる」と感じている。お互いの言い分が噛み合わず、採用方針がブレてしまう。実際に求人票をどう設計し、どうアプローチするかが定まらないまま、募集期間だけが長引いてしまう

こうしたシーンは、多くの企業でよく見られるものです。もちろん、特効薬のような解決策があるわけではありません。しかし、「人材ポートフォリオ」という考え方は、採用活動において新たな視点をもたらしてくれるかもしれません。次節では、その概要と、採用活動との結びつきをどのように考えればよいのかを整理していきます。

人材ポートフォリオの位置付け

まずは、人材ポートフォリオがどのような立ち位置にあるのかを確認しましょう。企業が事業計画を実現するには、「いつ・どの領域で・どの役割を担う人材が必要になるか」を全社的に把握する必要があります。この人員構成を可視化したものが、人材ポートフォリオです。
人材ポートフォリオには唯一絶対の「型」があるわけではありません。人材ポートフォリオを作成する際、年齢や雇用形態で区分する方法もありますが、おすすめは、「各人材がどのように事業に貢献し得るか」を軸に整理することです。たとえば、リクルートの『Works』第40号[1] で紹介されているフレームワークでは、人材を以下のように4象限に大きく分類しています。


事業計画の達成に向けた「貢献の仕方」で人材を分類

図1 事業計画の達成に向けた「貢献の仕方」で人材を分類

・エグゼクティブ(創造×組織成果)
 事業戦略の立案・実行を主導し、組織全体を方向づける層
・マネジャー(運用×組織成果)
 既存事業や組織の運営を担い、チームの生産性向上に寄与する層
・スペシャリスト(創造×個人成果)
 専門的知見を活かし新たな価値を生む、特定領域での高度な貢献者
・オペレーター(運用×個人成果)
 現場の実務執行を通じ、事業基盤を着実に支える実務者層

このように「どのような役割で事業に貢献するか」を俯瞰することで、企業が中長期的に必要とする人材のタイプが明確になり、どの部署・領域に不足があるかないか、再配置や補充が必要な箇所が見えやすくなる点が大きなメリットです。

経営者・現場責任者・採用担当者で「人材ポートフォリオ」を共有する意味

人材ポートフォリオの概要を理解したところで、「ではなぜ、採用活動の場面でもこの考え方が重要なのか」を考えてみましょう。
そもそも、経営者・現場責任者・採用担当者は、それぞれ見る範囲や優先事項が違っていて当然です。たとえば、経営は“全社的な戦略・投資”を、現場は“具体的な業務推進・顧客対応”を、採用担当者は“人材確保・選考プロセス運営”を中心に考えます。こうした関心領域の違いから、同じ目線で採用を議論しようとするのは、そう簡単ではありません。

しかし、それを理由に三者がそれぞれの立場で採用活動を進めてしまうと、将来どんな組織を目指すのかという根本的なゴールがブレたり、短期的なニーズだけに振り回されるリスクが高まります。そこで必要なのが、「同じ目線で採用を考えることができる枠組みや骨子」、つまり人材ポートフォリオを用意することです。そうすると、経営者は投資優先度や中長期の戦略を示し、現場責任者は具体的な業務スキルやリーダーシップ要件を提示し、採用担当者は必要な人材をどう獲得するかを検討、という一連の流れを、同じ目線で議論しやすくなります。結果、「今後の組織をどう作っていくか」というゴール地点を、三者が見失わずに進めることができるわけです。


三者が同じ目線で採用を考えることができる枠組み

図2 三者が同じ目線で採用を考えることができる枠組み

採用担当者にとっての活用イメージ

では、さらに、採用担当者にとって人材ポートフォリオがどのような影響を与えるのかを考えてみましょう。

採用担当者は、採用人数を成果指標とするケースが多いため、日々の業務では「このスキルセットをもった人材を○名集める」という課題に集中しがちです。たとえば特定ポジションの候補者がなかなか集まらず、採用が長期化してしまう場合、人材ポートフォリオがなければ、「もう少し時間をかけるか、要件を下げるしかない」といった選択肢に陥りがちです。しかし、組織全体の不足状況や配置バランスを踏まえて判断できれば、以下のような解決策を経営者や現場責任者に対して、根拠をもって提案できるかもしれません。

1.「正社員じゃなくてもいいのでは?」
業務委託や副業、フリーランスなど、短期間で即戦力を発揮できる人材を招く方がスピーディなケースもあります。人材ポートフォリオで「どの部署や役割を外部の専門家で補える余地があるか」が可視化されていると、現場も納得しやすくなります

2.「社内異動の方が早いかもしれない」
人材ポートフォリオで「運用型」や「組織型」の人材が別部署に過剰にいることがわかれば、異動でカバーするという案が浮かぶかもしれません。採用が難航するポジションでも、社内の余剰リソースを適切に配置転換すれば解決できる可能性があります

ここで重要なのは、採用担当者がただ突拍子もないアイデアを出しているわけではなく、経営者・現場責任者・採用担当者が人材ポートフォリオを共有しているからこそ、組織全体の方向性に沿った提案を行えるという点です。
こうした情報をもとに「どこが不足していて、どこが余っているのか」を全社的に俯瞰し、「不足分をどう補うか」「余剰リソースをどう活用するか」を考えられることこそ、人材ポートフォリオの強みといえます。結果として、候補者が見つからないポジションでも、多角的に解決策を模索しやすくなるでしょう。

人材ポートフォリオが採用活動の視野を広げる

人材ポートフォリオは、採用活動を一瞬で変える「銀の弾丸」ではありません。しかし、このフレームワークを取り入れることで、採用担当者は短期的な人員確保や即戦力の充足だけにとらわれず、「どのような人材が、将来どの領域で組織価値を高めるのか」といった長期的な展望を併せ持った判断が可能になります。

もちろん、目先の採用要件や急募ポジションへの対応が重要なのは言うまでもありません。しかし、人材ポートフォリオという共通のフレームワークがあれば、経営者・現場責任者・採用担当者が同じ情報を共有しながら、必要な人材像や期待される貢献タイプをすり合わせやすくなるのです。結果として、要件の緩和や時間を延ばす以外にも、業務委託・副業・社内異動など、多面的な解決策を検討しやすくなります。
こうして短期・長期の両視点をバランスよく活かすことで、組織全体の将来像と日々の採用活動を結びつけ、より建設的かつ柔軟な議論が進められるでしょう。これこそが、人材ポートフォリオを採用担当者が活用する最大のメリットといえるのです。

参考文献
[1] ワークス研究所(編). 2020年6月7日, Works 戦略的HRMを生み出す人材ポートフォリオ, リクルート, P29

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