障害者の雇用のかたち インクルーシブな職場にするための取り組み事例

2024.01.15
リサーチ

執筆:天野彩
作図:上石尊弥
リサーチ協力:石亀桐子

民間企業の障害者の法定雇用率は、2024年春から2026年までに対象となる企業が広がり、現在の2.3%から2.7%へと段階的に引き上げられます[1]。 具体的にどのように障害者を雇用する仕組みを整えたらいいかわからず、模索中の採用担当者は多いのではないでしょうか。

採用市場研究所は過去の記事で、「障害」の捉え方や「障害者雇用枠」「一般雇用枠」の仕組み、「オープン就労」「クローズ就労」の違いなど基本的な考え方を紹介しました。

本記事では、雇用の仕組みの例と具体的な事例を紹介します。
自社で雇用する場合はどのように仕組みを整えればいいか、ご判断の材料にしていただければ幸いです。

障害者雇用の仕組みを類型化

採用市場研究所は、省庁や障害者雇用にまつわる事業を展開する会社が公開している情報などをもとに、障害者雇用のよくある仕組みを類型化し、一例を図1にまとめました。

図1 障害者の雇用のかたちの例

障害者の雇用のかたちには、大別して自社で一般雇用枠の社員と同じ職場で雇用する場合と、一般雇用枠とは別にして、障害のある社員専用の職場を用意する場合があります。本段落ではまず後者について説明します。

特例子会社は、障害者の雇用促進のために、親会社が障害のある社員に対して特別な配慮をして採用するために設立する子会社です。
親会社が意思決定機関(株主総会など)を支配している、雇用される障害者が5人以上、全従業員に占める割合が20%以上であるなどの認定要件を満たせば、親会社は特例子会社の社員も自社で雇用しているとみなすことができます[2]。
2023年6月現在で特例子会社の認定を受けている企業は598社で、雇用されている障害者は約4万7千人います[3]。

企業が農園の区画と設備を借りて障害者を雇用する仕組みを農園型の障害者雇用といいます[4]。農林水産省が後押しする農業に特化して障害者などを雇用する取り組みは農福連携と呼ばれます[5]。
特例子会社などで雇用する障害者に農作業や農産物の販売などに従事してもらいます。
農業が障害者などの就労や社会参画の場になることだけでなく、高齢化が進み担い手不足が懸念される農業分野の新たな働き手の確保につながることが期待されています。
コロナ禍の影響やDX推進などにより、これまで多くの企業で障害者雇用の従業員に任せていた軽作業や清掃などの業務が減ってしまい、農園型の需要が高まっているという背景もあります[4]。

障害のある従業員が働きやすいように環境を整えたサテライトオフィス(出張所)で従業員を雇用する会社もあります。
オフィスは自社ではなくサテライトオフィス事業を専門で手がける会社が管理し、複数の企業が利用していることが多く、身体障害のある人のために施設がバリアフリー化されていたり、障害者の就労継続を支援する支援員がいたりします。
企業の障害者採用や業務の切り出し、従業員の健康管理のためのヒアリングをサポートしてくれる場合もあります。

2023年3月末時点で、農園型雇用やサテライトオフィスなどを運営する23法人を計1,000社以上が利用し、6,500人以上の障害者が就業していることが厚生労働省の分科会の調査で明らかになっています[6]。

「障害者雇用ビジネス」と批判も 本当にインクルーシブか?

特例子会社などでまとめて障害者を雇用することには、会社にとっては業務の切り出しをしやすい、専門の支援員の支援を受けやすい、社員の健康状態や業務内容の管理がしやすい、多人数を一括して採用・雇用できるといった利点があります。

一方で、特例子会社やサテライトではコピー取りや事務補助作業といった軽作業、農園型では農作業など、企業の本業とは直接の関係性が薄い業務に従事してもらうことが多いのが実情です。

このように雇用する企業からは離れた場所で、企業の業務とは関係のない仕事をさせることは、違法ではないものの「障害者の法定雇用率を形式上満たすためで、雇用や労働とは言えない」「障害者雇用ビジネスだ」として批判されることがあり、国会も問題視しました[7]。

近年「インクルーシブ(包括的な)」という言葉が注目されています。ダイバーシティ、エクイティ&インクルージョン(DE&I)のインクルージョンと語源は同じで、障害の有無や国籍、性別などに関わらず、全ての人が等しく教育や雇用の機会を得られることを指します。

一般雇用で雇われている人と完全に働く場や仕事内容を分けてしまうことは、インクルーシブの観点からみると不十分な面もあるでしょう。

日本では、一定程度の障害のある子は特別支援教室や特別支援学校に通うことが多いため、教育の時点で分離されてしまい、健常とされて育った人には障害があるという人に出会ったことがほとんどないという人もいるのではないでしょうか。

2022年には国連が日本に対して、通常の学級は障害のない子を中心に設計されているため障害のある子は特別支援学校などに通わざるを得ず、ほかの子どもたちと分離されてしまう現状があることを指摘。そのように障害のある子とない子を分離する教育をやめるように勧告し、すべての子どもが一緒に学ぶ「インクルーシブ教育」を進める必要があると指摘しました[8]。

そもそもほぼ会ったことがないために、障害のある人の生活ぶりや働きぶり、困りごとへの想像が及びきらず、採用に苦労されている担当者もいるかもしれません。

一口に「障害」といっても、その内容や程度、困りごとは人によってさまざまです。怪我や病気などで入社してから障害を負ってしまう場合や、入社後に障害があることが判明する場合もあります。

全身の筋肉に障害があり通勤や体を使った作業が完全に困難なケース、移動に車椅子が必要なため通勤時間をずらしたり社内にスロープを設置したりすることが必要なケース、必要な日に通院できるなど一定の配慮があれば働けるケースなど、さまざまなケースがあります。

職場をインクルーシブにしていくという観点では、同じ職場で障害者を含む多様な人材が活躍できるように環境を整えていくことが望ましいでしょう。

意欲と実績があればチャレンジできる環境の整備も必要

障害者雇用枠の設置にあたり、多くの企業で悩みの種になるのが「業務の切り出し」です。
障害者雇用の経験が少ない企業では、つい「誰にでも取り組みやすい簡単な業務を切り出そう」と考えがちです。

また短時間勤務など勤務時間の配慮が必要な障害者が一定数いることも影響していますが、障害のある人の平均賃金は日本全国の労働者の平均よりも低いことがわかっています[9][10]。

従業員が無理なく取り組める業務内容であるということも重要ですが、従業員のキャリア形成の面で考えたときに、与えられた業務で十分なパフォーマンスを発揮したうえで、本人が望めばチャレンジングな仕事ができるということも重要です。

株式会社野村総合研究所(以下、NRI)が特例子会社に対し2021年に実施したアンケート調査[11]では、自社で働く障害者がキャリアアップする仕組みができていると答えた特例子会社の担当者は約5割、上場企業に限定すると約4割と、高いとはいえない結果でした。

障がい者総合研究所の調査[12]によると、障害者雇用で就職した従業員は一般社員と比較して十分にキャリアアップを実現できておらず、 キャリアへの満足度も低い傾向がありました。
現状では、障害者雇用枠で応募したい候補者からみて、十分にキャリアプランやライフプランを練れる程度に選択肢が十分にある状態とはいえません。

NRIは、今は障害者雇用によって生み出される価値が模索されており、「障害者ならでは」の視点を商品開発に活かしたり、業務の標準化のノウハウをグループ会社に共有したりすることで障害者雇用がグループ会社を先導できる可能性もあると指摘しました。

各企業が障害者採用の経験を蓄積し、仕事の実績を積んだ上で本人が望めばキャリアアップできる環境を準備していくことも今後は重要になっていくでしょう。

あえて難しい業務を任せて黒字を達成した事例も

障害者のキャリア形成支援に積極的に取り組む企業もあります。
2018年に独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構(JEED)が開催したパネルディスカッション「障害者のキャリアアップについて考える」では、障害者のキャリア形成支援に積極的に取り組む2社が招かれました[13][14]。

そのうち1社、住宅・不動産の総合事業を手がけるポラス株式会社では、2015年に特例子会社ポラスシェアード株式会社を立ち上げました。

登壇した石田茂人事部長はある大手の会社を訪問したとき、障害者の1日の売り上げが2,000円だったことに違和感を覚えたといいます。雇用率ありきではなく障害のある人も戦力として迎えるべきだと考え、黒字経営を達成するために2年の準備期間を経て、会社を設立しました。

当時40人の構成員のうち38人が障害者という組織で、難しくても社会的価値と収益性・持続性の高い業務を選んで構成し、障害のある従業員が他の従業員の業務管理や指導に当たる体制を作りました。
障害者だけで運営する業務改善プロジェクトによる職場改善活動も発足し、業務を徹底的に数値化し、成果や業績を可視化しました。

推奨資格制度を取り入れ、昇格に連動するようにして資格取得を促進した結果、一級建築士、宅地建物取引士など難関資格を取得した従業員も現れました。短期間で係長級まで上がった社員もいたといいます。

こうした取り組みが奏功し、単年で通年黒字を達成。埼玉県障害者雇用優良事業所表彰など、複数の表彰を受けました[15]。
求められるパフォーマンスが高くてきついとして退職してしまった社員がいる一方で、「厳しさはあるが、助け合う制度があるので頑張れている」という声も上がったといいます。

働く場所や待遇を分けない企業も

雇用率達成のために必ず障害者雇用枠を設けなくてはいけないというわけではありません。
特例子会社設置などは、多人数をまとめて採用できるなどのメリットがあるものの、導入や従業員が働きやすい環境の構築にコストがかかります。

障害のある人専用の雇用枠は設けず、一般雇用枠で障害者手帳を持っている従業員を障害のない従業員と同じ職場、同じ待遇で採用している企業もあります。

2013年に「障がい者雇用の新しいモデル確立」を目指して大手企業20数社が設立した一般社団法人「企業アクセシビリティ・コンソーシアム(ACE)」[16]では、「企業の成長競争力強化に資する障がい者雇用」という観点でロールモデルとなる個人や企業の事例の表彰を行っています。

コンサルティングファームEY Japan株式会社は、主に発達障害のある社員のチーム「Diverse Abilities Center」を新たに立ち上げ、2021年にACEのACEアワード2021「環境づくり部門 特別賞」を受賞しました[17][18]。
発達障害者の就労支援などを手がける株式会社Kaien(以下、Kaien)がパートナーとして協力し、業務管理や指導を行う指導員と相談や健康管理をする支援員が、採用や入社後の社員のサポートをしたり、社内で勉強会を開いて理解促進の活動をしたりしたことが評価されました[19]。

DE&Iの観点では、個々人が必要とする配慮を受けた上で、障害者と健常者が待遇面で区別されることなく働いているのが理想の状態といえます。

障害の有無にかかわらず、個々人の希望に応じて働きやすい職場環境を用意することで、結果的に個々の従業員がパフォーマンスを発揮しやすい環境につながり、結果として会社全体の収益アップにつながるでしょう。
フレックスタイム、リモートワークなど柔軟性のある働き方を導入することで、様々な事情のある従業員も働く上での「障害」を感じることなくやりがいをもって働ける素地ができます。

Kaienは自社がパートナーとして採用や社員のサポートを手がける企業など、多様な人材が働きやすい環境を整えている企業を自社のWebページでまとめています[20]。
働くことに障害のある人への就労支援サービスなどを提供する株式会社LITALICOは、障害者雇用を実現した会社へのインタビューなどを公開しています[21]。

また独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構(JEED)は、障害者の雇用と勤務継続のために全国各地の事業所が雇用管理や職場環境の整備などの工夫をした事例をまとめ、事例集やリファレンスサービスを公開しています[22][23]。

自社でどのように障害者を雇用するといいのか迷われる場合は、まずはこうした好事例集を参照し、必要に応じて支援機関の力を借りるといいでしょう。
個々の従業員の声をよく聞き、困りごとがあれば耳を傾け、着実に信頼関係を築いていくことが、障害者の雇用率を上げる一番の「近道」なのかもしれません。

参考文献
[1] 厚生労働省, 障害者の法定雇用率引上げと支援策の強化について
[2] 厚生労働省, 「特例子会社」制度の概要
[3] 厚生労働省, 2023年12月22日, 令和5年 障害者雇用状況の集計結果
[4] 株式会社Kaien, “農園型”障害者雇用の急増の背景 一部では批判の声がある理由とは
[5] 農林水産省, 農福連携とは
[6] 厚生労働省 労働政策審議会障害者雇用分科会, 2023年4月17日, いわゆる障害者雇用ビジネス( ※ )に係る実態把握の取組について
[7] HRpro, 2023年8月3日, 「障がい者雇用ビジネス」とは? サービスの仕組みと利用実態を解説【前編】
[8] NHKハートネット, 2023年08月21日, インクルーシブ教育とは何か?(1) 障害のある子どもと共に学ぶ取り組み
[9] 厚生労働省, 2019年6月25日, 平成30年度障害者雇用実態調査の結果を公表します
[10] 厚生労働省, 平成30年賃金構造基本統計調査 結果の概況 賃金の推移 
[11] 株式会社野村総合研究所, 名武和代, 2021年12月9日, 第7回 障がい者雇用に関する経営・マネジメントセミナー「2030年の障がい者雇用を考える 〜今後10年を見据えた取組課題と対応方策〜」第1部:障がい者雇用定点調査結果からみえてきたこと, P27-28
[12] 株式会社ゼネラルパートナーズ 障がい者総合研究所, 2016年3月, 障がい者のキャリアアップに関する調査 Report
[13] 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構, パネルディスカッションⅡ 障害者のキャリアアップについて考える
[14] 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構, パネルディスカッションⅡ 障害者のキャリアアップについて考える
[15] ポラス株式会社, 2021年9月17日, ポラスシェアード株式会社が 令和3年度埼玉県障害者雇用優良事業所表彰 『独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構理事長努力賞』を受賞
[16] 一般社団法人企業アクセシビリティ・コンソーシアム, ACEとは
[17] EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社, 皆が活躍できる環境づくり
[18] 一般社団法人企業アクセシビリティ・コンソーシアム, 2021年12月6日, 顕著な活躍を行う障害のある社員をロールモデルとして表彰するACEアワード2021を発表
[19] 株式会社Kaien, キーワードは「Diverse Abilities(多様な能力)」。個々の能力を発揮できる環境が障害を強みに変える。
[20] 株式会社Kaien, 特性を強みに変える多様な人材が活躍できる企業特集
[21] 株式会社LITALICO, 障害のある方の就職事例 障害者雇用の企業事例 企業インタビュー
[22] 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構, 2022年2月28日, 障害者の労働安全衛生対策ケースブック(令和3年度)
[23] 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構, 障害者雇用事例リファレンスサービス

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