「サイン」の交換という観点で考える採用ブランディング

2024.02.29
インタビュー

転職市場はかつてないほど活性化しています。優秀な候補者を獲得するために、日々、面談数、受諾率などのKPIに追われている採用担当者は多いのではないでしょうか。

そのような状況を打破する打ち手として、採用ブランディングが話題に上がることも多いでしょう。しかし「ブランディング」の定義は多々あり、さらに「採用における」役割の解釈は人によって異なるため、議論が進まない組織も多いようです。

多くの方が期待する採用ブランドとは何か、強い採用ブランドを確立するためには何から始めるべきか。

それを明らかにするため、株式会社ベネッセコーポレーションで社員への発信や採用活動においてブランディングを意識した取り組みをリードした経験を持つ村山さんと、採用市場研究所の所長・秋山が対談しました。今回はその内容をご紹介します。

合同会社ラーニングスケープ 代表
村山 祐紀子

株式会社ベネッセコーポレーションにて、幼児教育、マーケティング、ブランディング等を経験した後、人財開発領域へ。実践的な学びや組織能力の向上に取り組む。人財開発責任者を経て、合同会社ラーニングスケープを設立。人財開発、組織開発、ブランディング等の領域で、企業内の人・組織のモノの見方を変える活動を行う。

採用市場研究所 所長
秋山 紘樹

新卒でインテリジェンス(現パーソルキャリア)に入社。その後、インターネット広告代理店やブティック系のエグゼクティブエージェントを経て2015年に独立。IT/Tech系の顧客を中心に採用支援を行う。並行し、2021年よりダイレクトソーシング社取締役に就任。

自社にしか出せないサインを示すのが採用ブランディング

秋山 村山さんはブランドはどのようなものと捉えていますか。

村山 「ブランド」という言葉は人によってイメージするものが異なりますが、語源は「牛につけた焼印」。
他の人の牛と区別できるように、誰が見てもこれはAさんの牛であると認識するための焼印=目印(サイン)から始まっています。

図1 他社と自社の差異を伝えるサイン

このサインは個体を識別する役割とともに、Aさんが提供する牛の特徴を持つ個体としての信頼を提供する役割も果たしています。その背景から考えると、企業や組織における採用ブランドとは、価値観など他社と自社の差異を伝えるサインであり、そのサインを求めている候補者に自社はこういった特徴を持つ企業だという信頼感を与え、自社に引き込むためのものと考えることができると思います。

自分に合った会社を探す候補者に対して、自社のいい所を見せなきゃと、他社と似たようなサインを掲げていたのでは差別化はできません。自社にしか出せないサインは何か、自社が求めている候補者はそのサインに関心のある人なのかを考え、自社ならではの特徴をサインとして出さなければなりません。

一方で候補者も、これまで築いてきたキャリアや価値観、組織に求める条件などをサインとして出しています。

採用ブランドを確立することで、パズルのピースのようにお互いのサインが合致する出合いを探しやすくなり、組織と候補者の情報伝達スピードが速まることが採用ブランディングの目的ではないでしょうか。

図2 採用におけるサイン(パズルのピース)の出し合い

秋山 組織にとっては特徴や価値観などを表すもの、候補者にとっては自分が組織に求めるものをサインと捉えると、採用活動がサインの出し合いであるということに納得できます。
ちなみに、採用ブランディングはすべての組織に役立つものと考えてよいのでしょうか。

村山 特に、適切なサインを出せていないと感じている組織に有効だと思います。自社の存在を示せていなかったり、最近はAの事業に力を入れているのに、Bが強い組織だと思われていたり、情報を正しく伝えられていないという課題を持っている組織が採用ブランディングに力を入れることに意味があります。

サインとして伝えるべきは、結果ではなく価値観やこだわり

秋山 次のテーマが最も重要かつ誰もが気になるポイントかと思いますが、サインは何を提示すればよいのでしょうか。

村山 採用ブランディングの肝となる部分ですが、避けたいのは「いいことをしています」「選ばれました」などと、結果だけを大々的に強調することです。

サインとして伝えるべきなのは、例えば◯◯を成し遂げたという結果よりも、「この領域にこんな強い想いで取り組んだ」という信念や「こんな試行錯誤の中で、こういう方向に変わっていった」というプロセスなど、結果に至るまでのコンテクスト(文脈)です。
コンテクストには、組織の価値観やこだわりに紐づく要素が多いと思います。かっこいい言葉を当てはめるのではなく、自分たちの組織は何を大切にしているのか、何が好きで、何に全力で臨んでいるのか、からサインを紐解き、導き出すことをお勧めします。

個人の好き嫌いから始まる組織のサイン作り

秋山 「価値観が似た方に応募してもらえるような求人票にしよう」「うちの組織とは価値観が合わないからお見送りにした方が良いのでは」といった会話は採用プロセスの中でよく耳にします。価値観がさまざまな場面で重要な役割を果たしていることは確かで、感覚的にも理解できます。

ハーバード・ビジネス・レビュー[1]にあるように、価値観とは組織を束ねる規範であり、組織運営にとって重要なものです。そして、組織の最小構成単位が「個人」ならば、個人が組織に大きな影響を与えるということも忘れてはいけません。
さらに、一橋大学大学院の楠木建教授[2]によると、組織の価値観とは、個人の心の奥底にある 「好き嫌い」や「こだわり」 が源泉となり、その偏愛のようなものが滲み出て形成されているものだそうです。「組んで織りなす」が組織ならば、多様な個人の好き嫌いが混ざり合いまとまっていくことで、独自の組織の価値観がつくられることも納得できます。

図3 価値観と組織に関する引用文

村山 結局、採用活動は組織と候補者個人のお見合いです。組織が取り繕ったサインを出しても、選考過程や入社後にギャップを感じられ、残念な結果を導くことになりかねません。自分たちらしさを伝える率直なサインを出せれば、結果的には採用活動に好影響をもたらすのではないでしょうか。

秋山 「組織の価値観とは」から考え始めると、大きすぎてどこから手をつけていいのか分からなかったサインも、個人の 「好き嫌い」から考え始めると手触り感を持てる気がします。

サインは日常会話レベルで言語化を

秋山 社外に発信するためにはどのようにサインをまとめていけば良いのでしょうか。

村山 採用担当者だけでなく、マネージャー陣も含めて自分たちのサインは「Bである」「AよりBである」と明確に言語化し、出せている組織は多くないように感じています。

最近の潮流もあり、パーパスやミッションを掲げている組織は多くあります。しかし、パーパスがどの組織でも当てはまる表現になっていたり、制定して終わってしまったりするケースも多くあります。例えばパーパスを採用活動に反映するとはどういうことなのか、どんな人を採用すべきなのか、日常会話レベルのサインにまで落とすことこそが肝です。

理想は社内のステークホルダーを巻き込んで、自分たちのサインを整理することです。しかし、この過程には時間がかかりますし、日々採用数を追っている採用担当者がサイン作りまで担うのは難しいのもまた現実です。

そこで、採用担当者やマネージャーの皆さんが今すぐ始められ、効果を即実感できることとしてお勧めしたいのは、候補者やエージェントの方に伝えている言葉、一言一句を通して組織の価値観やこだわりを伝えられているか振り返ることです。

会社案内の資料を読み合わせることから始めよう

秋山 日々の面談や面接で話す言葉でもサインを意識するということですね。具体的にどのように振り返れば良いのでしょうか。

村山 面談や面接時に使用することの多い会社案内の資料を取り上げるのもひとつです。

例えば、下の図4のような採用スライドがあるとします。この採用スライドを提示しながら組織について説明する際、従業員数は300人、男女比率は1:1であるという結果の数字だけを伝えていませんか。

図4 会社説明のための採用スライドの例

数値だけを語るよりは、組織のこだわりや価値観に紐づくコンテクストまで伝えられるとサインとして効果的です。
例えば図5のように、「社員同士の顔がわかり、価値観をシェアできる規模感を大切にしている」「ここ10年でかなり女性活躍を推進したことで、男女比1:1を実現している」といった説明を口頭で補足するといいでしょう。

実際の場面では、何を強調して伝えるべきかの選定などが個々の面談や面接担当者に任され、チーム内で共有できていないケースが多いように思います。

図5 採用スライドの説明

最小かつ最強のブランド体現者は社員である

秋山 福利厚生は最たる例で、制度一覧を見せるだけで終わっている組織も多いように感じます。一方、このサインを意識するのは採用担当者だけでは不十分です。

採用活動においては、採用担当者はもちろん面接官やその他社員、人材エージェントやRPOなどの外部パートナー、候補者本人やその家族さえも採用ブランドを構築するステークホルダーとなりうるため、彼らの相互作用まで考慮する必要があります。

例えば、候補者の母集団形成を外部パートナーに委託する場合を考えてみましょう。パートナーへの十分な情報共有ができていないことで、本来とは異なる情報が広がれば、組織の信頼性や魅力を損ねる結果につながりかねません。

求人票に掲載されたハード情報だけでなく、組織の方向性や雰囲気、カルチャー、大切にしている価値観など、ウェットな情報まで、対象としている候補者の属性に適したコミュニケーションと調整ができているか、を考えてみるといいかもしれません。

選考過程においては、面接官もまたブランドを体現する重要な存在です。彼らの態度やコミュニケーションが組織の価値感や文化として、候補者の印象に残ります。そのため、面接官へ自社が目指すブランドイメージを共有することは不可欠です。

村山 ブランディングと聞くと、ウェブサイトを作ったり、コンテンツを作ったりすることを思い浮かべる方も多いと思いますが、最強のブランドメディアは社員です。

中長期的には経営者や採用部以外の事業部メンバーも巻き込み、全社員がその組織のブランドの体現者となることを目指しながら、まずは採用チーム内でのサインの出し方を統一し、浸透させることから始めてみてはいかがでしょうか。

チーム内でサインの出し方が統一できれば、1対1のコミュニケーションで候補者に応じたアレンジを加えることが可能です。技術系の経歴を持つ候補者にはこの要素を加えよう、この候補者は◯◯の経験を求めているから、あの話をしようなどと個別アプローチを加えることで、よりフィット感のあるコミュニケーションに昇華できるはずです。

定義したバリューを継続的に発信していくことが重要

秋山 対談を通して、組織と候補者のサインの出し合いを促進し、相性の判断を容易にする採用ブランディングの重要性を再認識することができました。他者との差別化を図るため、組織の価値観やこだわりに紐づくサインを提示することが大事だといえます。

実際に多くの組織では、ミッション・ビジョン・バリューの「バリュー」として価値観を定義しています。組織のバリューとは、単に売上や世の中に対して影響力を大きくするだけでなく、「定めた価値観にそぐわない選択はせず、勝ち方にこだわる」という明確な宣言です。

組織の価値観を定義すると、メンバーの意識や行動に一貫性が生まれてきます。その状態が続いて初めて、組織の独自性やユニークさが他者の目に映り、「あの組織って◯◯っぽいよね」という感覚が生まれます。その結果、受け手は頭の中で組織のイメージや連想をできるようになる。このイメージ・連想こそがブランドです。

つまり、ブランドとは情報の受け手の頭の中に存在するため、情報の送り手が主導でコントロールすることは極めて困難であるといえます。

情報の送り手である私たちができることは、定義し宣言した価値観を「意図的」に「一貫性」を持って「継続的」に発信すること。これこそが重要であり、採用ブランディングの実務のひとつといえます。これは短期でできるものではありませんが、まずは今の組織が受け手からどのように見られているのか、現状を知ることから始めてみてはいかがでしょうか。

参考文献
[1] 株式会社ダイアモンド社, 『DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー 2023年4月号』, 人と組織が動き出す「価値観」の力, p.21
[2] 株式会社東洋経済新報社, 楠木 建,『「好き嫌い」と経営』, p.355 

執筆:橋本絵里香 (外部ライター)
聞き手:秋山紘樹
作図:上石尊弥

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