採用現場でも囚われやすい「集団的幻想」 「なぜ」を問い脱却しよう

2023.12.20
書籍紹介

執筆:天野彩
協力:雨宮百子 / 秋山紘樹 / 花登 作 / 松村 理々子

採用市場研究所では、組織のダイバーシティの重要性と概観を採用活動に関わる方にお伝えするために、これまでDE&Iの採用における重要性女性のキャリアを阻む要因欧米と日本のキャリア意識の違い障害者の雇用の考え方についての記事を公開してきました。

私たちは日常生活や職場で、無意識のうちに「集団の思い込み」に影響されており、実際は誰も望んでいない選択肢を取ってしまっている可能性があります。
「きっと誰も望んでいないだろう」という思い込みが、これまで社内にあまりいなかったような人材の採用を遠ざけ、組織のダイバーシティを高める歯止めになってしまっているかもしれません。

今回は『なぜ皆が同じ間違いをおかすのか 「集団の思い込み」を打ち砕く技術』(NHK出版)を紹介します。
採用のミスマッチを生みうる「集団的幻想」の考え方をさまざまな事例から学ぶことができ、採用戦略を立てる上で構造的な理解に役立つ一冊です。

書籍・著者紹介

なぜ皆が同じ間違いをおかすのか 「集団の思い込み」を打ち砕く技術

著者:Todd Rose(トッド・ローズ)
翻訳:門脇弘典
出版社:NHK出版
発売日:2023年5月25日
定価:税込2,640円
ページ数:352ページ

著者 Todd Rose(トッド・ローズ)

アメリカの心理学者。誰もが活気ある社会で満ち足りた人生を送れる世界の実現を目指すシンクタンク「ポピュレース」共同設立者・代表。ハーバード教育大学院心理学教授として「個性学研究所」を設立したほか「心・脳・教育プログラム」を主宰した。著書に『ハーバードの個性学入門――平均思考は捨てなさい』(早川書房)、『Dark Horse――「好きなことだけで生きる人」が成功する時代』(共著、三笠書房)がある。

著者のTodd Rose氏(ポピュレース提供)

あらゆる場面で我々が囚われる「集団的幻想」

あなたはある会社の採用担当者です。書類選考を通過したある候補者に、次の面接に進んでもらうかどうかの判断に迫られている場面を想像しましょう。

その候補者はスキル面では申し分ないが、外国出身で日本語が拙い、育児中の女性である、障害があるなど、会社側の配慮がある程度必要な可能性があります。

既存の社員に、今回の候補者に似た人はいません。また、自社ではこれまで外国出身の人材、育児中の女性、障害のある従業員のサポートをした実績がありません。
会社の複数の先輩に相談すると、「受け入れ態勢を整えなくてはならなくて、役員が困るかもね」と通過には否定的なように感じました。

悩んだあなたは、その候補者を不採用にしてしまいました。ところが後日役員が「あの候補者はぜひ採用したかった。入社後にはサポートする準備を整えようと思っていた」といいます。相談した先輩も内心では採用に賛成していたと後で打ち明けられました…。

このような状況に直面したことはないでしょうか。こうした事態は「集団の思い込み」の誤解により生じます。

個人や社会の決断に大きな影響を与え、本書タイトルにも含まれる「集団の思い込み」について、筆者は「集団的幻想」と呼び、下記のように説明しています。

簡単に言えば、集団的幻想とは社会的嘘である。集団に属する個人の過半数が、ある意見を内心では拒絶しながら、ほかのほとんどの人はそれを許容していると(誤って)推測することで発生する。集団の総意をひとり合点して指針にすれば、誰も望んでいない行動をとることになりかねない。
(はじめに   ある小さな町の秘密 P14)

「集団的幻想」を、もう少し分かりやすく説明しましょう。

著者が代表を務めるシンクタンク、ポピュレースは、アメリカ国民の成功の定義を探るため、成功した人生とは何か、下記ABのうち「あなたの考えに近いのはどちらか」「世間一般の人はどちらを選ぶと予測するか」を尋ねる実験を行いました。

 A 自分の興味と才能に沿って行動し、好きなことを最大限追究する。
 B 金持ちになり、輝かしいキャリアを築き、名声を得る。

調査結果では、自分の考えはAが近いという人が97%だった一方で、世間一般の大多数はBを選ぶだろうと回答した人が92%にのぼりました。「みんなの意見」を勝手に推測して頭の中で作り上げているのです。

このように、誤解により「みんなの意見」を捏造し、それが正しいと思い込んでしまうことは誰にでも起こり得るし、実際にあらゆる場面で発生しています。

本書は個人や社会の決断に大きな影響を与える「集団の思い込み」について、多数の心理学実験の結果や社会で起きた豊富な実例をもとに説明しています。読者のみなさんにも身近に感じられる事例があるかもしれません。

その事例は友人宅で出されたパサパサのターキーについて、その場にいる全員が「おいしいよ」と頷くといった日常の中に潜む優しい嘘から、小型旅客機内の後方にワニを見つけて怯えて機内前方に駆け込んだ客席乗務員を見て、ただごとではないと感じた乗客たちが次々と後を追い、機体のバランスが崩れて落下しほぼ全員死亡してしまった悲惨な大事故まで様々です。

採用現場でも「集団的幻想」に囚われることも

日本の事例も登場します。
育休を取得する男性への評価について尋ねたところ、実際は回答者の8割が好意的に捉えているにもかかわらず、世間一般の人々は否定的に捉えるだろうと過半数が考えていたことがわかったのです。筆者はこの「思い込み」が日本における男性の育休取得率の低さの背景にあると指摘します。
本当は多くの人が歓迎しているのに、誤った「思い込み」によって男性の育休取得が伸び悩んでいるとしたら残念なことです。

採用現場でも、こうした「集団的幻想」に囚われているシーンはないでしょうか。

例えば、ダイレクトリクルーティングを導入している企業の採用担当者が、同じ候補者に複数回スカウトを送ると「しつこい」と思われるし、返信も送ってもらえないだろうから避けた方がいいと考えることがあります。

採用市場研究所は過去の記事で、スカウトを複数回送った候補者からの返信率は5%前後で推移しており、文面を工夫したり候補者の転職検討タイミングと合致したりした場合に返信を得られるケースもあることをご紹介しました。
データを解析することで、スカウト送信は必ずしも1回に留めなくてもいいということがわかります。

冒頭の事例とは逆のパターンもありえます。

あなたはある候補者に内定を出すかどうか決めるための会議に出席しています。
その候補者は面接でのやりとりや適性検査の結果に引っかかることがあり、採用を見送ったほうがいいかもしれないと考えています。

ところが他の役員らは「いい候補者だった」「ぜひ採用しよう」と口を揃えます。
あなたは自分が感じていた違和感にだんだん自信を持てなくなり、またその違和感をうまく言語化することもできなかったために言い出しづらくなりました。

「うまく言えないんですが、何かが引っかかるんです」。そう切り出したところで、その候補者の採用を決めようとしている他の役員らのポジティブな気分を害すだけかもしれない。そう考えたあなたは、自分の意見を表明するのはやめることにしました。
その結果、満場一致で採用が決まりました。

その候補者は入社後、他の社員との人間関係が問題となり、社内のトラブルメーカーとなってしまいました。あなたの感じていた違和感が現実になってしまったのです。
「実はあのとき、違和感があったんです」と当時会議に出席していた役員に切り出すと「自分も実はそのまま採用するのは反対だった。でも言い出せなかった」と話しました…。

こうしたケースでは、「集団的幻想」の罠に陥り、集団のニーズを誤って解釈し、最適解ではない判断をしてしまったといえます。

互いに正直に聞き合い、伝え合おう

どうして我々はこのように「集団的幻想」に囚われてしまうのでしょうか。
本書の終盤で著者は「集団の思い込み」を抱いてしまう背景には、見知らぬ他人への不信感があると説明します。解決策のひとつは「なぜ」他の人がその判断を下したのか問うことだと説きます。

「なぜ」を問うことは、あらゆる連鎖反応を免れる手軽な万能ツールになる。このシンプルな問いの力があれば、自分の知識を捨てて他者の意見に従うことがなくなる。むしろ、必要に応じて自分と他者の考え方を組み合わせ、よりよい情報を集めて最終的に決断をくだせるようになる。
(第1章 裸の王様たち  「物まね」の連鎖が起きる理由 P61)

採用においても、まずは組織内で、気になることがあれば質問しあえるような信頼関係を構築できていることが重要です。
そして腹を割って情報を開示し合おうという姿勢は、候補者に対しても良い印象を与えるでしょう。

気になることがあれば思い切って聞き、伝えてみましょう。
実は相手も同じようなことを心配しているかもしれないし、逆にあなたが懸念しているほど心配していないかもしれません。

例えば冒頭の事例では、会社の役員らに「なぜ今回の候補者と似た人を今まで採用してこなかったのか」と尋ねたり、書類選考の採用担当者に「なぜこの候補者を通過させたのか」と尋ねたりすることができたでしょう。

会議の場面では、他の役員に対して「なぜその候補者を採用したいのか」「懸念点はないのか」「懸念点がある場合は入社後にどんなことが起こりそうか」「懸念する事態が起きた場合はどうサポートする必要があるか」と「なぜ」を起点に問いを重ねることで、他の役員の正直な思いを聞けたかもしれません。

自分が感じている違和感を、たとえ拙い言葉であったとしても口にしてみることも有効な手立てです。

思い込みで話を進めてしまうと実際の姿を見誤ることがあります。採用の場面でも、候補者や採用担当者など関係者に聞いてみないとわからないことは多いはずです。

「集団的幻想」の罠にはまらないために、他者を信頼する勇気を持ち、対話への一歩を踏み出すことが、採用の成功、ひいては働きやすい職場環境につながるでしょう。

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