機械学習エンジニアとして積んだビジネス経験
LayerX松村さんが語る「波乗り型」のキャリアデザイン<前編>

2023.10.30
インタビュー

取材協力:株式会社LayerX
取材:秋山紘樹 / 天野彩
執筆 / 撮影:天野彩
デザイン:上石尊弥

採用市場研究所では、「源流を探る」シリーズの初回で、機械学習エンジニアの過去のキャリアの傾向を分析しました。

今回は、大学院から機械学習に関わってきた機械学習エンジニア、松村優也さんに、キャリア形成の考え方や今後のビジョンをうかがいました。

松村さんは、法人支出管理サービス「バクラク」などを手がける株式会社LayerX(以下、LayerX)で、機械学習チームのマネージャーを務めています。現在はAI-OCR(AIによる文字認識)技術を活用し、請求書処理クラウドサービス「バクラク請求書」の機能開発などを担当しています。 「大きく変わる『転職ジャーニー』」の記事では、Twitter(現X)を通して現職への入社につながったエピソードを伺いました。

お話からは、機械学習の技術だけでなく、様々な挑戦を経てビジネスの視点を身につけることの重要性が見えてきます。

LayerXで機械学習チームを束ねる松村優也さん

松村 優也(まつむら・ゆうや)さん
株式会社LayerX Data&ML部 MLグループ マネージャー

1993年生まれ。2018年3月、京都大学大学院情報学研究科 社会情報学専攻修士課程修了。専門分野は情報検索・情報推薦。在学中、インターン先のスタートアップ企業の出資で株式会社アルコスを起業、代表取締役に就任。学生のプログラミング教育などを手がける。
新卒でウォンテッドリー株式会社にデータサイエンティストとして入社し、推薦システムチームの立ち上げに関わる。2019年、同チームのリーダーに就任。2021年にはWantedly Visitのプロダクトマネージャー、開発組織のエンジニアリングマネージャーを兼任。
2022年9月に株式会社LayerXに機械学習エンジニアとして入社。2023年には機械学習チームのリーダー、現職に就任。

AI黎明期、「面白そう」が原動だった

   大学と大学院で、機械学習の研究を専門に選ばれた経緯をお聞かせください。

学部は情報学科で、いわゆるコンピューターサイエンスを学びました。
理論を深めるよりもアプリケーションを作るほうが好きだったので、アプリケーションによる社会課題の解決に取り組んでいる研究室を選びました。 実際に人の役に立つことをイメージしやすい研究が面白そうだと思ったのです。

ECサイトなどでユーザの嗜好に合った商品をおすすめする「レコメンド機能」のもととなる情報推薦と、検索システムのもととなる情報検索が主な研究対象でした。機械学習はそのために活用していた技術のひとつです。
現在では盛んに行われている検索や推薦技術の社会応用はまさにこれからという時代でした。

例えば地図アプリの検索システムで、コーヒーを飲みたいときに「喫茶店」という場所に変換して入力しなくても、「コーヒーを飲む」と入れたらコーヒーを飲める場所が出てくるような仕組みを作りました。

   社会人になってから、学生時代までと比べて学習方法に変化はありましたか。

課題を解決するために具体的に何かをつくるということは一貫しています。
まずはどんな課題があるかサーベイ(調査)をする。課題の解像度を上げて、解決する対象が決まったらソリューション(解決策)として技術を仕上げる。そうした抽象的な部分は変わりません。

ただ学生時代と比較すると、営利企業に所属しているために、収益性の観点で考えることは増えました
機械学習はお金や時間などのコストがかかることが多いです。精度を上げることを検討する場合も、実装のコストとアウトカムのバランスを考えないといけない。このようなことは学生時代はあまり考えていませんでした。

質問に耳を傾ける松村さん。学生時代からアプリケーションを作るのが好きだったという

役割ごとの定義は職務記述書にしっかり記載を

   ウォンテッドリー株式会社(以下、前職)には新卒でデータサイエンティストとして入社された一方で、LayerXには機械学習エンジニアとして入社されました。データサイエンティストと機械学習エンジニアの職務内容や役割は、それぞれ定義が曖昧で、違いがわかりづらいとされます。この点はどう捉えておられますか。
(※機械学習エンジニアデータサイエンティストの役割については各リンク先の記事参照)

私としては職種名に強いこだわりはなくて、正直なところどちらでもいいのです。
正確には、前職への入社当時は明確なポジションがなかったので、データ活用や機械学習に強みのあるソフトウェアエンジニアとして入社しました。

当時は、ユーザ数もデータも増えてサービスの基盤ができ、いよいよ集めたデータを活用して新たな価値を生みだそうというフェーズ。機械学習エンジニアのようなポジションが最初からあったわけではなく、機械学習モデリングまでを担当するデータサイエンティスト、そのモデルをアプリケーションに組み込むバックエンドエンジニアで徐々に役割が分かれていきました。

一般的に機械学習エンジニアは、バックエンドの開発も含めて手がけると思われやすく、データサイエンティストはモデリングやデータ分析にフォーカスするイメージがあります。ただ、実際はデータサイエンティストがバックエンドの開発も手がけていました。

   LayerXに機械学習エンジニアとして入社されたのは、どういう経緯だったのでしょうか。

当時のLayerXは、まさにこれから最初の機械学習を活用したシステムを作り始めるぞというフェーズでした。LayerXの機械学習エンジニアはバックエンドも含めた広い能力が求められるポジションであり、自分に合っているかなと思いました。

役割ごとの定義はそもそも曖昧なので 、会社としては役割名にこだわるよりもしっかりJD(職務記述書)を書くことが大切かなと考えています。

候補者目線では、定義が曖昧な職務の肩書きだけを見ると、ミスマッチが起こることがありえます。例えばデータサイエンティストと書いてあっても、モデリングやデータ分析だけではなく、バックエンドのコードを書くことを求められることもあります。逆もしかりです。

職務の肩書きには「あまりこだわっていなかった」という松村さん

起業やマネジメントで広げた視野

   松村さんはこれまで、データサイエンティスト、PdM(プロダクトマネージャー)、EM(エンジニアリングマネージャー)をご経験されてきました。幅広い役割を経験されたことを、どのように捉えておられますか。

若いうちに一気にいろいろ経験できたおかげで、視野が広がったのはよかったです。
技術者としてエンジニアリングだけしていては見えなかった世界を見ることができました。組織を動かす上では、どれだけ優秀なエンジニアを採用しても、どれだけかっこいいプロダクトをつくっても、お客様に使ってもらい、利益を発生させないとだめだということを知りました。

   ものづくりや利益、持続可能性などを考えるうえで、起業などの経験があったからこそ、土地勘やアンテナの高さがあるのかなと感じます。振り返ってみていかがですか。

そうですね。マネジメント経験は、会社としてプロダクトを作り続け、継続、運営していくうえでのひとつの強みとなる素養かと思います。
メンバーや経営層と仕事を進める上での共通言語となるような、様々な経験を積むことができました。

   松村さんが自ら手を挙げて、様々な役割に挑戦され続けたのでしょうか。

機会があったのと手を挙げたのと、両方ですね。
どちらかというと機会のほうが先に来ました。めったにない機会ですし、次にいつ来るかわからないからと、手を挙げていくことを大事にしてきました。 チャンスがあったら多少無理そうでも手を挙げるのが重要だということは、確固たるひとつの信念としてあります。

   キャリア形成の考え方のひとつに、「山登り型」と「波乗り型」があります。「山登り型」は遠い未来の目標を明確に描いて着実に計画を実行し、「波乗り型」は好奇心の赴くままに臨機応変に挑戦を重ねる。その観点でいうと、松村さんは波乗り型なのでしょうか。

そうですね。どちらかというと波乗り型だと思います。
だいたい5年スパンくらいで、このくらいのことをやっておきたいという目標を置いているのですが、常にそこを意識しているわけではありません。
目の前のチャンスをとっていくことで選択肢が増えて、いい道を選んでいけると思っています。目標は変わることの方が多いですから。

松村さんはWantedlyの経歴で、「良いプロダクトを作るために必要なことはなんでもやります」と記している

機械学習の可能性に賭けたい

   noteでは、LayerXに転職された経緯として「機械学習をコアに据えたプロダクト開発に関わりたい」とありました。そのように思われたきっかけを教えてください。

転職を決意したときに、自分が何をしたいのかを考えた結果、そのフレーズを思いつきました。 機械学習がコアとは、機械学習がプロダクトの価値を提供するためのnice to have(あったほうがいい)ではなく、must have(なくてはならない)であるプロダクトをつくりたかったのです。

前職のサービスづくりの部署にいたタイミングで、自分が機械学習を続けていくのか、もしくはそこは関係なくプロダクトをつくっていくのかを考えた結果、改めて機械学習を使い続けていきたいと考えました。

機械学習は技術であり、ひとつの手段です。
手段を目的化するというのは、アンチパターン(失敗の典型事例)でよくないよねと言われることだと思うのですが、あえてそれでも使いたいのです。

なぜかというと、今後さらに伸びていくだろうという可能性を感じていたからです。
世の中にデータがどんどん増えていけば、それを使えるような基盤がどんどん進化していき、機械学習技術自体が発展していきます。大学でもデータサイエンス学部ができているので、教育も進むでしょう。

そうして、機械学習を使うための基盤や人がどんどん増え、より活用する世界がくるんじゃないかと思っていたので、そこにベットしよう(賭けよう)と思いました。

そして、自分が機械学習が好きだという理由も大きかった。せっかくなら、それがないと死ぬぜというくらいの熱量で取り組めるところで機械学習に打ち込みたかったのです。

   機械学習は導入にコストがかかる分、経営層のリテラシーが高くないと削られてしまう対象になりやすい。そういう危機感もあったんでしょうか。

そのような苦労を自分が経験したわけではないのですが、一般的には経営層のリテラシー不足や現場の説明不足、あるいは両方により機械学習への投資をやめてしまうことはよくあると思います。 実現可能性を検証するためのPoC(Proof of Concept、概念実証)ばかり繰り返し、実装に結びつかないことを指す「PoC貧乏」という言葉もあります。

AIで成果を出すには、一般的には時間やお金がかかる。何かができるだろうと見切り発車で始めたものの、結果を待たずに「機械学習だめじゃん」と判断してAIを閉じてしまうという話はよく聞いていて、もったいないな、悲しいなと感じていました。

機械学習を使ったビジネスが企業の利益に直結し、持続するような好事例を作りたいです。そのような好事例を作るべくして作れる環境にいたい。その結果、世の中が全体的にレベルアップするといいなと思っています。

「機械学習が好きだ」という思いを語る松村さん

後編に続きます。

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