障害者の雇用の前に、理解しておくべき観点 「障害」の捉え直しと採用の準備の進め方

2023.09.29
リサーチ

執筆:天野彩
作図:上石尊弥
リサーチ協力:石亀桐子

民間企業の障害者の法定雇用率が、現在の2.3%から2.7%へと2026年までに段階的に引き上げられることをご存知でしょうか。
ダイバーシティ(多様性)の確保のため、また直接的には法定雇用率達成のために障害者手帳を持っている人を採用したいものの、どのように手順を踏めばいいのかわからず困っているという採用担当者の方は多いのではないでしょうか。

本記事の前段では「障害」の考え方、日本における障害者の雇用の歴史や雇用枠の仕組みなどを紐解きます。後段では採用活動に進む前の準備として必要な考え方やヒントをお伝えします。

なお本メディアでは、後述の「社会モデル」の考え方に則り「しょうがい」は「障害」と表記します。

「障害」はどこにある?社会モデルの考え方

そもそも「障害」とは何であり、「障害者」とはどういう人なのでしょうか。
1970年に制定された障害者基本法[1]では「身体障害、知的障害、(発達障害を含む)精神障害その他の心身の機能の障害(以下「障害」と総称する)があり、障害及び社会的障壁により継続的に日常生活又は社会生活に相当な制限を受ける状態にある」人とされています。

令和5年版 障害者白書[2]によると、身体障害者は全国に約436万人、知的障害者は約109万人、精神障害者は約615万人います。
人口1千人当たりの人数でみると、身体障害者は34人、知的障害者は9人、精神障害者は49人です。複数の障害がある人もいるため単純な合計にはならないものの、 国民のおよそ9.2%に何らかの障害がある ということになります。

図1 「個人モデル / 医学モデル」と「社会モデル」

「障害」を理解する上でとても重要なのが 「個人モデル / 医学モデル」と「社会モデル」の考え方 [3]です。
「個人モデル / 医学モデル」では、障害者が困難に直面する原因を、障害者個人の心身の機能に医学的に問題があるためと考えます。困難にぶつかるのは「その人に障害があるから」であり、「克服するのは本人(と家族)に責任がある」と考えるのです。こうした考え方は一昔前までは広く共有されていました。
問題は障害者本人の心身の状態にあるため、治療やリハビリに専念するべきだという考え方も「個人モデル / 医学モデル」に依拠しています。

これに対して「社会モデル」では、「少数派のニーズを無視している社会や組織の仕組みこそが『障害(障壁)』をつくっており、それを取り除くのは社会の責務だ」と考えます。
例えばエレベーターがなく、階段を使わなくてはホームに辿り着けない地下鉄を車椅子利用者が利用するのは困難ですが、エレベーターやスロープを設置することでその困難の大部分は取り除かれます。
こうした考え方に基づき、2006年には高齢者や障害者の移動の円滑化を促進するためにバリアフリー法が施行されました[4]。

2016年には障害者差別解消法[5]が施行され、 役所や事業者に不当な差別的取り扱いを禁じ、「合理的配慮」の提供を求めています
障害者雇用促進法でも、特に雇用における障害者差別を禁じ、障害者の個別の事例に応じて「合理的配慮」を提供する義務があるとしています[6]。

障害のある人の雇用にあたっては、「社会モデル」の考え方をしっかり持っておくことが重要です。個々人の困りごとやニーズを聞き取り、企業側で対応できることは個別に対応していく必要があるのです。

障害者の雇用の歴史は浅い

日本で国による福祉施策としての障害者施策が始まったのは、第二次世界大戦後のことです。GHQ占領下の日本で、視覚と聴覚に障害があった米国の社会活動家ヘレン・ケラーの訴えのもと、戦争で障害を負った傷痍(しょうい)軍人らを支援するために1949年に身体障害者福祉法が制定されました[7]。

高度経済成長期の1960年、知的障害者への福祉をはかることを目的とした精神薄弱者福祉法(現在の知的障害者福祉法)[8]、身体障害者の就労を促す身体障害者雇用促進法が制定され、1976年にはそれまでは努力義務だった法定雇用率制度が義務化されました。
ここまで身体障害者のみを対象としていた雇用促進法は、1987年には知的障害者も対象となり、障害者雇用促進法へと改訂されました。さらに精神障害者が雇用義務の対象となったのは2018年のことです[9]。

このように、 日本における障害者の雇用は義務化されてからまだ半世紀 しか経っていません。特に精神障害など特定の障害については歴史が浅く、いまだノウハウを模索中の企業が多いのが現状です。

引き上げられる法定雇用率 未達成の企業が過半数

障害者雇用促進法では、従業員が一定数以上の規模の事業主は、従業員に占める障害者の割合を「法定雇用率」以上にする義務があると定めています。法定雇用率に達していない企業にはハローワークから行政指導が入ります[10]。

なお、ここでいう障害者とは、身体障害、知的障害、発達障害を含む精神障害のある人に自治体がそれぞれ交付する身体障害者手帳、療育手帳、精神障害者保健福祉手帳を持っている人を指します[11]。

生活や社会生活には十分な「障害」があるが、手帳取得の対象外だったり、取得のために必要な診断を受けていなかったりして、手帳を交付されていない人も多数います。障害者差別解消法で定める 「合理的配慮」の対象者は、手帳を持っていない人も含む ことに注意が必要です[12]。

図2 障害者雇用率、雇用数と法定雇用率の推移

2023年9月時点では、従業員が一定数以上の規模の民間企業の法定雇用率は2.3%です[13]。障害に関係なく、希望や能力に応じて誰もが職業を通じた社会参加ができる「共生社会」実現を目指し、 民間企業の法定雇用率は2024年4月に2.5%、2026年7月に2.7%へと段階的に引き上げられる ことが決まっています[14]。

厚生労働省がまとめている「障害者雇用状況」[15]によると、2022年6月1日時点で全国の民間企業で働く障害者手帳保持者は約61万4千人(実雇用率2.25%)と19年連続で過去最高を更新したものの、法定雇用率を達成した企業は全体の48.3%と半数以下でした。
雇用されている障害者の内訳は、身体障害者が約36万人、知的障害者が約15万人、精神障害者が約11万人で、特に精神障害者が前年比11.9%増と伸び率が大きかったのが特徴です。

障害者雇用と一般雇用

「障害者雇用」とは、 通常の雇用枠「一般雇用枠」とは別に、専用の「障害者雇用枠」 を設けて障害者手帳保持者を雇い入れることです。

障害者雇用枠では、候補者は障害の内容を開示した上で求人に応募します。
手帳を持っている候補者は、一般雇用枠にも応募することができます。一般雇用枠で応募する場合は 障害について会社に開示するか(オープン就労)、開示しないか(クローズ就労) は、候補者本人が選ぶことができます。

候補者は障害者雇用枠で採用されることで合理的配慮を受けやすくなる一方で、障害者雇用の求人数は一般雇用に比べて少なく、職務内容が限られ、給料も低いことが多いのが現状です。そのため、双方を比較検討した上で一般雇用枠で応募する候補者も一定数います。

図3 障害者の雇用の枠組み

もしかしたら社内にいるかも?呼びかける手も

厚生労働省は、障害者雇用を始める事業者を支援するため、流れや支援策などをまとめた冊子を公表しています[6]。
また、ハローワークや地域障害者職業センターなどの支援機関で相談することもできます。まずはこうした冊子に目を通し、不明点は支援機関に相談に行くといいでしょう。

障害者雇用のために新しく仕事を切り出すのは労力がかかります。そこで目を向けたいのが、すでに雇用している従業員です。一般雇用枠で働いている従業員の中にも、障害者手帳を持っている社員がいる可能性があります。

ただ、 クローズ就労の場合は、従業員は会社に手帳保持者であることを知らせる義務はありません 。また、手帳を提示したからといって待遇が良くなるわけでもないため、従業員の立場では会社に提示するメリットはあまりありません。
むしろ手帳を開示することで、社内外で望まない情報流出をされたり、不当な扱いを受けたりするかもしれないという不安を覚える可能性は大いにあります。 手帳保持者には、過去に周囲の人の心無い発言や態度に傷ついてきた経験がある人も少なくありません。

強固な信頼関係が築けており、会社の雇用率に貢献してもいいと思ってくれる従業員がいた場合は、情報の開示範囲を共有し、秘密は厳守することを約束した上で 手帳の開示を呼びかけたら応じてくれる可能性があります

このとき、情報の公開範囲をしっかり従業員と共有し、決して不用意に言いふらしたり、打ち明けてくれた従業員の思いを踏みにじるような対応や発言をしたりしないことが重要です。

業務の切り出し、求人票の精査 聞き取りはしっかりと

新しく障害者雇用枠で社員を採用したい場合は、支援機関に相談した上で、雇用する人材の配置部署や職務内容を社内で検討します。新しく雇用する人材に担ってもらう業務の見直しと切り出しを行い、求人票の精査をしていきます。

このとき、どのような障害であれば受け入れられ、どのような障害がある場合は難しいのか、指導者を誰にするか、募集人数や採用時期なども合わせて決めていきます。
例えば、パソコンを使う作業が必須の業務の場合、パソコン上の文字を読むのが難しい程度の障害が視覚にある候補者を採用するためには業務の体制を見直す必要があるでしょう。

業務内容を詳しく記載した資料や、すでに障害者雇用で入社している社員がいる場合は、働き方や合理的配慮の内容、昇給事例があると、候補者にとって参考になります。
障害者雇用で入社した場合は給与は上がらないという会社もありますが、昇給の前例や機会があれば働く上での大きなモチベーションになります。

こうして準備を整えた上で、ハローワークや民間の障害者雇用専門の転職エージェントなどで求人を扱ってもらい、採用活動に進みます。

採用にあたっては、 候補者の障害の特性や合理的配慮として求めることを面談や面接でなるべく細かく聞き取り、会社側の希望もしっかり伝える ことが重要です。
詳細について尋ねるのを遠慮してしまった結果、採用の段階でお互いの困りごとやニーズを十分に共有できず、入社後に他の社員と従業員本人の双方が苦しい思いをするということは珍しくありません。

障害の特性によっては、本人の困りごとやニーズを把握するために専門知識が必要な場合もあります。しっかり定着してもらうために、ハローワークや民間の就労移行支援サービスなど、定着支援の相談にも乗ってくれる機関を積極的に活用しましょう。

参考文献
[1] 内閣府, 1970年5月21日, 障害者基本法(昭和四十五年五月二十一日法律第八十四号)
[2] 内閣府, 2023年6月, 令和5年版 障害者白書(PDF版)参考資料 P219
[3] 大阪府府民文化部人権室, 2011年3月, 人権学習シリーズ Vol.7 みえない力 つくりかえる構造 P10-11 左利きの国?! 資料2「個人モデル」と「社会モデル」
[4] 国土交通省, 建築物におけるバリアフリーについて
[5] 内閣府, 障害者差別解消法リーフレット
[6] 厚生労働省 都道府県労働局・ハローワーク, 2022年4月1日, 障害者雇用のご案内 P17
[7] 文部科学省 初等中等教育局初等中等教育企画課教育制度改革室, 第4 日本の障害者施策の経緯
[8] 厚生労働省, 1960年3月31日, 知的障害者福祉法
[9] 厚生労働省, 障害者雇用義務の対象に精神障害者が加わりました
[10] 厚生労働省, 事業主の方へ – 障害者雇用のルール
[11] 厚生労働省, 障害者手帳
[12] 内閣府, 障害者差別解消法リーフレット P3
[13] 厚生労働省, 事業主の方へ – 障害者雇用のルール – 1. 障害者雇用率制度
[14] 厚生労働省, 障害者の法定雇用率引上げと支援策の強化について
[15] 厚生労働省, 2022年12月23日, 令和4年 障害者雇用状況の集計結果

メールマガジン