動機形成とは何か
執筆:秋山紘樹
協力:雨宮百子
作図:髙橋麻実
面接序盤(一次・二次面接)でスキル・経歴チェックに多くの時間をかけ、見極めを優先した後、最終面接でようやく候補者への魅力発信を始めたり、内定オファーの直前になってから慌てて口説く……。
このようなシーンに心当たりはありませんか?
優秀な人材の獲得競争が年々激化するなか、企業が候補者を選ぶだけでなく、候補者からも選ばれる時代となっています。そのため、選考プロセスでは「この人材は当社に合っているか」という見極めと同時に、「候補者が当社で働きたいと思える」という動機形成の視点も欠かせません。本記事では、人材採用における動機形成の基本的な考え方を解説し、それを実践的な採用活動にどのように活かせるかを見ていきます。
採用活動における動機形成
採用活動における動機形成とは、候補者が「この会社で働きたい」という意欲を形成していくプロセスを指します。企業には、採用活動全体を通じてこのプロセスを適切に支援し、候補者の主体的な意思決定を促す役割があります。
とりわけ「面接」は、この動機形成を実現する核となる接点です。企業と候補者が対話を通じて、仕事の意義や組織の価値観を共有し、候補者が自身のキャリアを具体的にイメージできるようサポートします。
しかし、このような対話を通じた動機形成は、ただ企業の魅力を伝えるだけでは実現できません。候補者一人ひとりの価値観や期待を汲み取り、主体的な意思決定を支援する必要があります。では、このような動機形成を効果的に実現するには、どうすればよいのでしょうか。
この問いに答えるヒントが、人の動機づけのメカニズムを説明する「自己決定理論(Self-Determination Theory、以下SDT)」です。この理論は、採用活動における効果的な動機形成の実現に向けて、実践的な示唆を与えてくれます。
自己決定理論とは
SDTは、アメリカ・ロチェスター大学のエドワード・デシとリチャード・ライアンによって提唱された、人間の行動パターンやパーソナリティの発達に関するものです。
『新
動機づけ研究の最前線』[1]によれば、SDTは「自律性(Autonomy)」「有能感(Competence)」「関係性(Relatedness)」という3つの基本的心理欲求が満たされることによって、人としての適応的な発達や精神的・心理的健康を獲得できると想定している、
と説明されています。
・自律性(Autonomy)
自分の意思で行動できているという感覚。誰かに強制されたり制限されたりせず、自分自身で選択していると思えるとき、私たちは意欲を高めやすくなる
・有能感(Competence)
自分の能力を発揮し、成果を出したり成長したりしているという手応え。周囲からの評価や承認も得られ、自分の力が認められていると感じられるほど、さらに頑張ろうという気持ちが高まる
・関係性(Relatedness)
他者との良好なつながりや信頼関係が築かれ、自分は受け入れられていると思えること。安心できる仲間との協力や応援があるほど、行動への前向きな意欲が強化される

図1 三つの基本的心理欲求
実際、私たちが最も充実していると感じるのは、自分の意思を主張できたり(自律性)、自分の力が周囲から認められたり(有能感)、人間関係で気兼ねせずにのびのびと振る舞えたり(関係性)しているときではないでしょうか。
こうした状態が続くほど、日々の生活や仕事において、「もっと頑張りたい」「成長したい」という意欲が自然に湧き上がってくると考えられます。逆に、この3つの基本的心理欲求が長く満たされない状況が続くと、不調やストレスを抱えやすくなるという指摘も、本書ではなされています。
自己決定理論を採用活動に落とし込むには
ここまで確認したように、SDTでは「自律性(Autonomy)」「有能感(Competence)」「関係性(Relatedness)」という三つの基本的心理欲求が満たされると、人は内発的な動機を形成しやすくなります。つまり、「この会社で働きたい」という気持ちが自然と高まっていくのです。では、実際の採用活動でこの三要素をどう活かせばよいのでしょうか。
1.自律性(Autonomy)を感じさせる
候補者が「この企業で、自分の意思に沿ってキャリアを築けそうだ」と感じられるプロセスを設計することが大切です。SDTにおける自律性とは、「自分の価値観や意思に基づいて行動を選択できている」と感じられる状態を指します。
たとえば、面接時に将来像や希望を丁寧にヒアリングし、配属先や研修内容など複数の選択肢を提示して候補者の意見を尊重すれば、「押し付けられる」のではなく「自分で決められる」という感覚を育みやすくなります。最終的に応募先を決めるのは候補者自身ですが、選考の過程で「自分で考え、判断し、意思決定している」と思えるかどうかがポイントです。
情報が不十分だったり、企業都合のみが優先されたりすると、候補者は「自分の意志を尊重されていない」と感じてしまいがちです。一方、必要な情報を早い段階で開示し、対話を重視する面接や複数のキャリアパスの提案などを行うことで、候補者は「自分の意思を反映しながら進められている」という自律性を強く実感するでしょう。

図2 自己決定理論を用いた動機形成の仕方
2.有能感(Competence)を刺激する
候補者が「自分の力を発揮できそうだ」と感じられる場を設計すること
が大切です。その際、候補者が「自分の経験やスキルは正当に評価され、今後さらに活かせる見通しもある」と思えれば、有能感は自然に高まります。
たとえば「○○の経験は、当社が直面している××に大いに役立ちそうです。また、ここをもう少し伸ばせば、より幅広いプロジェクトで力を発揮できると思います」といった前向きなフィードバックを行うことで、「自分は必要とされているし、さらに成長できる」という手応えを持ちやすくなります。
このとき、具体的な業務や課題の場面を挙げて「なぜそう思うのか」を明確に伝えるのがポイントです。そうすることで、候補者は現状の実力が認められていると同時に、今後の伸びしろも評価されていると感じ、内発的なモチベーションや自己肯定感をより強く育むことができるでしょう。
3.関係性(Relatedness)を築く
候補者が「この人たちは自分を受け入れてくれてるんだ」「ここにいていいんだ」と思えるような体験を設計することが大切です。
たとえば、オフィス見学や社員との座談会を複数回行い、実際の職場環境や仕事の進め方を肌で感じてもらう場をつくると、候補者は社員の人柄やチームの雰囲気をより具体的にイメージでき、安心感や親近感が高まります。
さらに、最終的にオファーを出す際にも、面接や面談で得られた「期待できるポイント」や「過去の実績をどのように活かせるか」などをオファーレターやスライド資料にまとめて渡すと効果的です。
具体的には、「これまでお話しした〇〇の経験は、当社の△△プロジェクトでこんなふうに活躍していただけそうです」「面接で一緒に話した××さんも、あなたの△△への強みを評価していました」といった具体的なコメントを添えることで、候補者はすでに仲間として期待されているという実感を得やすくなります。こうした働きかけが、候補者のここでなら良い仲間とともに力を発揮できるという気持ちを強く支え、入社後の定着やモチベーション向上にもつながりやすくなります。
動機形成を意識した面接設計のポイント
これらの三つの要素を採用プロセスに組み込むことで、候補者が「自分に合った職場だ」「ここで成長できそうだ」「このチームと働きたい」と自然に感じられる環境をつくることができます。特に、面接の場では、単なるスクリーニングではなく、候補者との双方向の対話を通じて、内発的な動機を育む働きかけが重要になります。では、具体的にどのような面接設計が効果的なのでしょうか
面接には「動機形成」以外にも「見極め」という役割もあります。しかし、ここに偏りすぎると、候補者の入社意欲を高める機会を逃してしまい、選考辞退などのリスクが高まります。SDTが示すように、「自律性」「有能感」「関係性」という三つの心理的欲求を意識的に満たしていくことで、候補者は「自分の意思でこの会社を選びたい」という内発的な動機を育みやすくなるでしょう。
本記事では主に動機形成の基本的な考え方と、自己決定理論という観点から、三つの基本的欲求を採用活動でどのように満たせるかという概念的な視点を中心に紹介しました。
次回の記事では、実際の選考フローの中でこれらの考え方をどのように具体的な施策や面接設計に落とし込んでいくかを、事例を交えながらより詳しく解説していきます。面接ごとの進め方やタイミング、情報提供の仕方など、より実践的なトピックを取り上げる予定ですので、ぜひ続編もご覧ください。
参考文献
[1] 上淵 寿(編), 大芦 治, 西村 多久磨, 篠ヶ谷 圭太, 稲垣 勉, 梅﨑 高行, 利根川 明子, 鈴木 雅之. 2019年8月6日, 新・動機づけ研究の最前線, 北大路書房, P63