組織の価値観とは何か?より強固な組織を築くために必要な理由
執筆:秋山紘樹
協力:雨宮百子
作図:上石尊弥
組織の価値観は、ブランドの定義と同様に解釈が難しいものです。特に価値観という言葉は哲学、社会学、経済学のような専門的な分野だけでなく、組織の価値観や結婚の価値観などの日常用語としても使用されており、その曖昧さによって誤解を生むこともあります。本記事では、組織における価値観を考察し、その背後にある関係性を明らかにすることを目指します。
価値観の定義と分析
辞書などでは、価値観とは「個人もしくは集団が世界の中の事象に対して下す価値判断の総体」と定義されます。ここで、「価値」と「観」に分けて考えると、社会学者の見田宗介氏は価値を「主体の欲求を満たす客体の性能」と定義しています[1]。一方で、「観」という漢字は、インドで古典語として使用されているサンスクリット語の「vipaśyanā(ヴィパッサナー)」を起源とします。「ものごとをありのままに見る(観察)」という意味を持ち、主に仏教などと関連した瞑想の文脈で使用されます。
宮本武蔵の著した兵法書『五輪書』[2]では、「見」と「観」の違いに触れており、「見」は物理的な目で見ることを指し、「観」は心で見ることだとしています。つまり、目先の事象に捉われず、心を通して組織の全体像や将来のビジョンを見据えることが重要だということです。組織の価値観を理解するには、現実の表層的な事象だけでなく、物事の本質を捉える視点が必要と言えるでしょう。
組織文化と価値観
組織の価値観をより深く理解するためには、組織文化との関連を考えることが欠かせません。組織文化の専門家であるエドガー・H・シャイン氏は、組織文化には「3段階の文化レベル」が存在すると提唱しており、このモデルを用いることで、組織の価値観をより体系的に理解することが可能となります。シャイン氏の提唱する3つのレベルは以下の通りです。
– レベル1 文物(人工物):目に見える組織構造および手順
→規定やルールになっているもの
– レベル2 標榜されている価値観:戦略、目標、哲学
→大切にしていくもの
– レベル3 背後に潜む基本的仮定:無意識に当たり前とされている信念、認識、思考および感情
→組織に浸透し、組織の人々の行動を支配している規範
これらのレベルを通じて、組織文化がどのように価値観を形作り、それが組織全体にどのような影響を与えているのかを探ることができます。
組織の価値観は、通常レベル2である、標榜されている価値観(経営理念、目標、哲学、戦略など)を通じて見られることが多いです。しかし、ここで示されるものは、実際の価値観の一部に過ぎず、そこに至るまでの背景や暗黙の知識が省略されます。
価値観においてもペルソナ同様に、言葉にすると言葉からもれてしまう部分があるからです。表層的な、いわば言葉になった部分だけではなく、レベル3にあらわされるような、文脈やそこに至るまでの過程、氷山の水面に隠れている部分の共有こそが重要です。これを把握しておかないと、正確な認識ができません。
それでは、組織の価値観を理解するには、具体的にどのようなアプローチをすれば良いのでしょうか。
これまでの議論から明らかなように、レベル2で標榜されている価値観を起点にし、レベル3の暗黙知に迫る必要があります。これには、組織メンバーがその理念にどのような意味を見出しているのかを探るための場の提供や、意見交換を促す循環的な対話が欠かせません。
例えば、とある「プロジェクトマネジメント部」(以下PM部)の価値観を探る場合は、部署を指揮する責任者を交えて、まずはレベル2の問いを立てることが考えられます。
レベル2 標榜されている価値観:戦略、目標、哲学
→大切にしていくもの
「PM部のミッションやビジョンなど、部として目指すべき指針は存在しますか?」
その後、レベル3において、WhyやWhen などシーンを把握するための問いを立てましょう。
レベル3 背後に潜む基本的仮定:無意識に当たり前とされている信念、認識、思考および感情
→組織に浸透し、組織の人々の行動を支配している規範
「なぜそのような指針を設計したのですか?」
「そもそもPM部を立ち上げる必要があった理由は何ですか?」
「業務を推進する上で、どのようなこだわりや好き嫌いを持っていますか?」
このように、レベル2とレベル3を行き来し、関係者と対話を進める中で、組織の価値観は明確になっていきます。
重要なのは「価値観」の共有
組織の価値観は、採用活動においても非常に重要です。これは「言っていることとやっていることの一貫性」を保つためです。その一貫性を担保するためには、採用活動に関わるメンバーが組織の価値観を深く理解していることが必要です。
もし採用活動に関わるメンバーが組織の価値観を十分に理解していなければ、以下のような問題が発生する可能性があります。
例えば、弊社は「Stand Alone Complex」(レベル2)という言葉を大切にしていますが、これを直訳して「自立した個人が集まった集団」と捉えると、「自立」という言葉から「技術を磨くことを何より重視する組織」だと曲解されてしまうリスクがあります。もし、このように採用担当者が曲解したまま採用活動を行い、そのような人材が入社すると、組織の本来の目的とは異なる方向に進む可能性があります。
実は、「Stand Alone Complex」には「自律」の側面も含まれており、社員一人ひとりに自分の立てた規律に従って自身を律し行動する、ということを求めています。加えて、互いを尊重し、個々人のスキルを掛け合わせながら協業することで顧客の採用成功にコミットできる組織を目指そうという前提条件が存在します。「会社に所属した個人としてではなく、独立した個人として能力を活かせる組織にしたい」という創業者の想いが込められているのです。
このため、表面上の言葉(例えば、「Stand Alone Complex」)だけで捉えるのではなく、なぜその言葉が選ばれたのか、どんな要素が含まれているのかの部分まで分かち合うことが大切です。
現場で生じる細かい判断でも、判断の軸となる「価値観」を共有していれば、表面上の言葉に振り回されることなく、正しい方向性に全員で向かうことができます。
理念と実際の行動に一貫性をもたせるためには、組織全体が一丸となって価値観を共有し、それを日々の業務や採用活動に反映させることが重要です。これにより、組織の信頼性を高め、長期的な成功を確保することができます。結果として、強固な組織文化を築くことができるのです。
参考文献
[1]見田宗介, 1966年, 価値意識の理論―欲望と道徳の社会学, 弘文堂
[2]宮本武蔵, 2012年12月25日,「五輪書」ビギナーズ 日本の思想, 魚住 孝至(編者), 角川ソフィア文庫
[3]E.H.シャイン, 2016年6月10日, ダイバーシティと文化の仕組み, 尾川 丈一 (監修), 松本 美央 (翻訳), 白桃書房