ペルソナとは何か?
執筆:秋山紘樹
協力:雨宮百子
作図:上石尊弥
「ペルソナ」という言葉は採用現場でしばしば耳にする用語です。本記事では、ペルソナとは何か、またその作成方法と採用プロセスでの利用方法を掘り下げていきます。
ペルソナの起源と定義
ペルソナの概念は元々、心理学者カール・ユングによって心理学の用語として提唱されました。心理学者カール・ユングによるペルソナの概念は、人間の精神生活の理解において非常に重要な役割を果たしています。ユングの理論において、「ペルソナ」は個人が社会的な環境に適応するために用いる外的側面、すなわち「他人に見せる自分」を指します。
私たちは日常生活でさまざまな「顔」を使い分け、家族や友人、職場といった異なる社会的環境に適応します。この適応はペルソナを通じて行われ、私たちが社会で受け入れられ、様々な役割をスムーズに演じるのを助けます。例えば、「親」としてや「上司」として適切な行動を取ることは、その状況に応じたペルソナによって導かれます。このように、ペルソナは社会的適応や役割遂行に不可欠な役割を果たしています。
しかし、ビジネスの文脈でのペルソナは、異なる概念として捉えられていることに注意しましょう。
ペルソナの概念をビジネス界に導入したのは、マイクロソフトのソフトウェアを手掛けたアラン・クーパー氏です。彼は開発プロセスにおいて、ターゲットとなるユーザーを特定する手段としてペルソナを利用しました。
その後、同社ユーザー・リサーチ・マネージャーであったジョン・S・プルーイット氏が、ソフトウェア開発だけでなく、マーケティングに対して広く応用できるようにした理論を書籍で発表しました。
ブルーイット氏の著書『ペルソナ戦略』[1]では、ペルソナを以下のように説明しています。
Q1 ペルソナとは何か。
A1 想像上の人物描写。その製品のユーザー像、その製品のユーザーについてのデータなど、関係者が共通に持っている認識を具現化したもの。
また、同書では、クーパー氏のペルソナという着想が優れている点について 「ペルソナが個人的な目標を持っており、その実現に役立つような製品をデザインしようと意識することが成功につながる」と述べています。
こうしたことから、ペルソナは「架空の存在」だからこそ、職業や年収、スキルなどのデモグラフィックな情報だけではなく、日常の関心事、価値観や悩み、それらの背後にある動機といったサイコグラフィックな情報(内面)の解像度を高めるための設計が必要であることがわかります。
ペルソナの重要性と採用プロセスへの影響
ペルソナは採用プロセスにおいても非常に重要な役割を果たします。前述の『ペルソナ戦略』にも「ペルソナはデータから導き出された特徴のみを持つ」と述べられています。ここでいうデータとは、1対1のインタビューから公表されているレポートまで、定性および定量面のデータのことを指しています。具体性の高いペルソナがあることで、採用支援する組織と採用しようとする組織間のコミュニケーションがスムーズになり、効果的な人材マッチングが可能になるのです。
しかし、「デモグラフィック情報」(表面的なスキル)だけに惑わされると、組織とのミスマッチを招くことがあるので注意しましょう。
具体例をだします。
あるテックスタートアップが新しいプロダクトマネージャーを採用する際、ペルソナを設計しました。このペルソナは、技術的背景、創造性、リーダーシップ能力といった「デモグラフィック情報」に重点を置いていました。候補者も、これらの要件を満たす優れた履歴書を持っていたため、すぐに採用されました。しかし、採用後に明らかになったのは、この候補者の仕事に対する真の動機や組織文化への適合性が低かったという事実でした。
候補者は技術的な能力やリーダーシップは高かったものの、スタートアップ特有のフレキシブルで迅速な意思決定プロセスに適応できず、また組織の色々な人と分け隔てなくコミュニケーションをとる文化とも相容れませんでした。
候補者の動機は主に高い給与とキャリアのステータスに向けられており、企業のビジョンや価値とは一致していませんでした。その結果、入社から数ヶ月で離職し、企業は再び採用活動を始めなければならなくなりました。
サイコグラフィック情報の探求
サイコグラフィック情報を掘り下げるには、事実の裏にある「なぜ」を問うことが有効です。これにより、個人の主観的な側面を掘り下げていくのです。具体的には、下記のようなものがあるでしょう。
・好き、嫌いなどの「価値観」や「恐れ・不満の種」などの心理学的、個人的な詳細
・仕事のスタイルや典型的な1日の時間割など「生活動線・業務動線」
調査の手法は、グループインタビュー、デプスインタビュー(インタビュアーと対象者の1対1で行う)、エスノグラフィー(調査対象者の生活の場に実際に身をおいて、行動を共にしながら観察して記録する調査手法)など、多岐にわたります。
ただ、時間がかかるので、人材紹介エージェントに協力を仰ぐというのも一つの手法かもしれません。エージェントは、日々学生や求職者と接しており、就職や転職先を支援する中で、対象者の仕事に対する価値観や現状のもやもやした感情などに触れています。そのため、独自の視点を持っていることが多いのです。
「言語化に至る過程」の共有がポイント
ペルソナ作成の過程で心に留めておきたいのは「言葉にした瞬間に、言葉からもれているものがある」ということです。図のように、言葉で表現できる部分は氷山の一角にすぎません。ペルソナを目の前にしたときに、モヤモヤするとしたら、その感覚を大切にしましょう。
例えば、ワークショップを行うことで、何に対して不明瞭さやもやもやを感じているのかを言語化し、その原因を探ることもできます。これにより、ペルソナの新たな側面や、採用へのアプローチが見えてくる可能性があるでしょう。
ペルソナは、採用したい人材像と採用戦略を明確にするために重要なツールです。未来志向の議論を活性化し、「このアプローチが効果的かもしれない」「いや、このペルソナの心理状態を考慮すると、この方法が適切だ」といった意見が交わされます。これにより、どのような施策を講じるべきかを決定しやすくなります。
ここまで、ペルソナの重要性とその具体的な活用方法について解説してきましたが、ペルソナを有効に活用するためには、その作成過程や意図を共有し、関係者全員が同じ理解を持つことが極めて重要です。ペルソナは単なるツールではなく、チーム全体で共感し、想像力を掻き立てる存在だからです。
作成の過程に参加せず、ペルソナだけを受け取った現場の面接官や採用パートナー(エージェントなど)は、具体的に言語化された内容しか認識していないため、しばしば作成者との間で誤解が生じることがあります。
この差分をなくすことで、ペルソナを採用プロセスにおいてより効果的に活用し、最適な人材マッチングを実現することができるでしょう。
参考文献
[1] ジョン・S・プルーイット, タマラ・アドリン, 2007年3月17日, ペルソナ戦略―マーケティング、製品開発、デザインを顧客志向にする, 秋本 芳伸 (翻訳),岡田 泰子(翻訳),ラリス 資子(翻訳), personadesign.net運営事務局(監訳), ダイヤモンド社