機械学習エンジニアとして積んだビジネス経験
LayerX松村さんが語る「波乗り型」のキャリアデザイン<後編>
取材協力:株式会社LayerX
取材:秋山紘樹 / 天野彩
執筆 / 撮影:天野彩
デザイン:上石尊弥
法人支出管理サービス「バクラク」などを手がける株式会社LayerX(以下、LayerX)で機械学習チームのグループマネージャーを務める松村優也さんへのインタビューの前編では、「機会があれば手を挙げてきた」というこれまでのキャリアについてうかがいました。
後編では、エンジニアがビジネスの素養を養うための工夫と今後の展望を深掘りします。
目次
顧客の困りごとをリアルに実感 ビジネスの素養を育む
普段はどのように機械学習に関する最新情報を仕入れているのですか。
Twitter(現X)が多いですね。特定の企業の技術アカウントや気になる個人をフォローしています。
社内でも情報交換が活発に行われています。技術ごとに勉強用のチャンネルがあって、そこを見たり、自分でも発信したりしています。
また社内有志で、機械学習や採用など様々なテーマの勉強会を定期的に行っています。
機械学習の勉強会では、毎週有志のメンバーで技術書を輪読したり、最新のニュースや論文を紹介しあったりします。
ビジネス分野の経験が浅いエンジニアのビジネスマインドを養うために、どのように教育、育成をされていますか。
難しいところですね。経営者目線を獲得するために、自分が作っているものがいかにしてお客様の価値に繋がっていて、どれだけ利益をあげているかを、定量的に示せているかは重要なポイントのひとつです。
例えば弊社のAI-OCR(文字認識技術)の場合、精度が0.1%上がったら、手入力なしで読み取れる請求書の枚数が具体的にこれくらい増えるとか、それによってお客さまの時間がどれくらい節約できるかを示すことができます。それにより、機械学習モデルの精度向上がどれほどの売り上げに繋がるのかをある程度推測することができるのです。
お客様の声を実際に聞いてみることも重要です。
機械学習の成長には投資が必要だからこそ、投資する判断ができる情報、つまりお客様の声が必要なのです。「お客様は喜ばないだろう」「利益を得られないんじゃないか」という社内の想像だけで開発が進まなくなってしまうともったいない。
私はだからこそ、機械学習がmust have(なくてはならない)で、顧客の声を大事にする組織で働きたいのです。
技術の先に、お客様の喜ぶ顔がある。単なる技術の開発だけではなく、お金を払ってもらえる仕組みと顧客満足まで繋げる責任が、我々にはあります。
顧客へのヒアリングは、ルーティンとして能動的にされているのでしょうか。
そうですね。弊社ではお客様との商談の一部は録画して社内で公開していて、他の社員が出席した商談の録画を見ることもあります。
さらに、例えばOCRでいうと、お客様からアップロードされる請求書などの書類の生のデータを、毎日30分くらいチーム全員で眺めて、我々の読み取り方とお客様の修正内容を見比べます。
どれくらい読み取れているかを確認できるとともに、お客様がどれくらい困っているのかを実感する機会にもなります。
お客様の作業のフローを体験し、どのような面倒な作業をされているのかを実感することは、間接的ですがお客様の声を聞くことと同じだと思っています。
横断型の機械学習チーム 信頼が安心感に
顧客からのニーズの優先順位は、誰がどのようにつけていますか。
優先順位付けの最終意思決定者は、プロダクトごとのPdM(プロダクトマネージャー)です。
機械学習チームは、もともとプロダクトチーム内に配置されていたのですが、最近プロダクト横断型の組織になりました。
優先順位付けにあたっては、もちろんできるだけ多くのお客様に向けた改善になるかという汎用性やインパクトの大きさを鑑みて決めます。ただ、実現できるかどうかという点については機械学習チームも一緒に入り、考えて、決めていきます。
意思決定者が機械学習の知見や経験を持っているのかというのは、判断をするうえでの信頼性として重要なファクターかと思っています。その点はいかがですか。
そうですね、一般的に困っている人が多い点かと思います。
ただ弊社に関しては、技術的な判断については機械学習チームを信じてもらい、任せてもらっています。我々機械学習チームが知らないうちに、機械学習を使って何かをつくることが決まっていたり、
我々の意見が否定されたりすることは基本的にはない。
ただ、本当は機械学習を取り入れたほうがよかったのに、という場面でコミュニケーションが漏れてしまい、我々が知らないまま進んでしまうことはありえます。このためこちらから能動的に入り込んでいく必要があると考えています。
入社後満足したら、次の採用に繋げる
noteの入社エントリーには、LayerXに転職を決められた理由として、機械学習エンジニアとして働く魅力が詰まっていると書かれていました。具体的には、機械学習をコアに継続投資が回るプロダクト、今後の機械学習活用への無限の可能性、経営層の理解の深さを挙げられています。入社後に捉え方が変わったことはありますか。
大きくは変わっていません。今は入社前よりも解像度高く理解できています。
例えば組織として投資するという話や経営陣の理解の話でいうと、昨今のトレンドであるLLM(大規模言語モデル)を専門的に扱うLLM Labsを当社は今年4月に立ち上げました。
CTOの松本がリードして一夜のうちに作ることを決めたのです。そのスピード感を見て、自分の意思決定、外から見た景色は間違っていなかったと改めて確認できました。
御社の羅針盤(行動指針)のひとつに、戦略を立てるリーダー層こそ現場で泥臭く動こうという「実行と戦略をわけない」があります。チーム立ち上げ時、松本さんがかなり多忙な状況で手を動かす姿勢を貫いていることを「正直めちゃくちゃ悔しい」と思っていたと松村さんのnoteに書かれていました。
そうですね。このレベルの人がここまで実行しているのに自分がさぼるわけにはいかないという嫉妬もあるし、焦りもある。そんな環境にいられることは幸せです。
入社時のエピソードを紹介した記事でも取り上げさせていただいたとおり、トップの発信力をきっかけに現職に興味を持ち、入社後は期待以上の熱量を感じられたんですね。そんな体験があることで、入社後の組織へのエンゲージメント(愛着心)はかなり変わってくるのでしょうね。
おっしゃるとおりです。継続して働けるということもそうですし、採用も採用担当者だけではなく全員がやるものなので、自分の入社理由が妥当だったと確認できたら、それを理由に次の人を採用できます。
私の場合は、入社時の思いをnoteで発信し、入社後により具体的なエピソードを補足しました。カジュアル面談などで強い説得力をもって自社の魅力を話せていると思います。
重要性が増すであろう機械学習 代表する人材に
「波乗り型」のキャリアを築く中で、約5年ごとの目標を立てているというお話がありました(前編参照)。今の時点で、5年後にはどうなっていたいですか。
5年後だと、私は35歳になっています。その頃には、より機械学習活用が当たり前の社会になっていると思います。
今は多くの場合、各企業でエンジニアリング組織のトップであるCTO(チーフ・テクノロジー・オフィサー)のポジションに就く人は、ソフトウェアエンジニアリングに秀でている人が多い。ただ、機械学習の技術の素養は必須ではない。
5年後は、機械学習、AIを使うのが、プロダクトを作る上での前提になっているはずです。そうなると、トップもその素養があって当たり前になるでしょう。
そんな時代において、機械学習を使ったプロダクトをつくる能力が高い人として認知されていて、面白いチャンスで声かけてもらえたり、自分でやったりできる人材になっていたりするのが中長期的な目標です。業界を代表するプロダクトを作れる人になりたいです。
目標に向かって、どんなことを意識してキャリアを積んでいかれますか。
先述のとおり、波に乗って、チャンスが来たら拾って、できるだけ成果を大きくしていく、ということに注力します。そして手を動かし続けたうえで、課題をプロダクトに落とし込んで解決するエキスパートになりたいです。
5年後のキャリアを考えるうえで、今の自分にできることを増やしていけるような、手を挙げられる環境に身を置くことは重要かと思います。御社は今、組織が徐々に大きくなっていく、組織を強固にしていく状態にあります。環境としてはフィットしているということなのでしょうか。
そうですね。手を挙げられるし、手を挙げれば機会がたくさんくるような組織だと思っています。
どんどんプロダクトをつくっていく会社なので、ゼロイチ(0から1を作り出すこと)が多いのです。新しいチームができて、ポジションができる循環がとにかく早いです。
複数プロダクトを提供し、データを中心にサービスを統合するという御社の「コンパウンドスタートアップ」の挑戦と、データがコアになるプロダクトづくりという松村さんが目指されていることは呼応しているのですね。
そうですね。マッチしていると思います。弊社はデータを基軸に連携し、全部繋げて新しい価値を作ることを目指していて、そもそもデータ活用ありきです。
データを繋げるロジックのひとつとして機械学習がある。データ活用や機械学習の活用があって初めて、価値を提供できるという信念が一致しています。
ひとりひとりが自立した組織づくり 課題は育成
マネジメント業務をされるなかで、仕事のマインドに変化はありましたか。
諦めずに手を動かし続けることが重要だというスタンスは変わっていません。ただ時間の制約はあるので、実際に手を動かす時間は3〜4割になりました。
自分が手を動かし続けられるような、メンバーが全員自立しているチームを作ろうと考えています。それが採用や普段のチーム運用に生きています。
現状では、御社の課題にはどんなことがありますか。
現状ではプロダクトの数より機械学習エンジニアの方が少なく、足りていません。
弊社はリファラル採用の割合が多いのです。「ぜひ、うちで働いてほしい」と自信をもって友人の顔を思い浮かべられる環境であることが重要だと思っています。
ただ、中途で入ってくる社員もどうしても経験豊富なシニアのエンジニアが多くて、若手は相対的に少ないです。若手も含めて育成していけるような環境、組織じゃないと、スケール(拡大)はしないでしょう。
世の中全体でエンジニアの数は限られているので、取り合いになっても意味がありません。
弊社にはせっかく多くのポジションがあるので、ここで育った人材が出ていくことで世の中が良くなる、そういう環境を作れたらかっこいいなと思っています。