女性のキャリアを阻む壁は何か 管理職の割合を増やすためにできること
執筆:天野彩
リサーチ協力:小野寺由佳 / 市岡加奈子
女性の管理職を増やそうと国も企業も力を入れているなかで、政府目標の「女性管理職の割合30%」にはまだまだ遠いのが実情です。その一番の要因は「女性社員の意識」にあると考えていませんか。
女性のキャリアを阻む「壁」には、企業側の画一的な雇用慣習など様々な要因があります。女性は採用の段階から男性とは違う「壁」にぶつかっており、現状を変えるには企業側も人事制度や社員のキャリア設計を見直す必要があるのです。
目次
日本のジェンダーギャップは先進国最低水準
1985年の男女雇用機会均等法の制定から40年が経とうとしています。生産年齢人口に占める女性の就業率は年々上昇し、女性が出産・育児によりキャリアを離れる期間に就業率がぐんと下がることを占める年齢階級別労働力率のグラフの「M字カーブ」は先進国で多く見られる「台形」に近づいてきています[1]。半世紀前とは隔世の感があるほどに女性の社会進出が進みました。
ただ、世界経済フォーラムが公表する日本のジェンダーギャップ指数は146ヶ国中125位、特に政治的な影響力は138位と世界最低レベル(2023年)[2]であり、OECD加盟国のうち男女間賃金格差は22.1%とワースト4位(2021年)[3]です。また国内の就業者に占める女性の割合は44.7%と諸外国と大差ないものの、管理職に就く女性の割合は13.2%と、おおむね30%以上の欧米各国と比べてかなり低い水準(2021年)[4]です。残念ながら、国際的に見ると日本はまだまだ立ち遅れていると言わざるをえません。
そこで政府は女性活躍推進法を2015年に制定し、従業員301人以上の企業に女性の雇用実績の公表などを義務付けました。さらに2022年には、男女間の賃金差も公表を義務付けました。
男女間の賃金格差の最大の要因は女性管理職の少なさだと指摘されており、政府は2020年までに社会の指導的地位に占める女性の割合を30%程度にするという目標を設定。ところが達成できなかったため、目標達成の期限を「2020年代の可能な限り早期に」と変更し、先送りにしました[5]。
2019年には、女性役員を増やすことで企業の持続的な成長を目指す世界的なキャンペーンの日本支部「30% Club Japan」[6]の活動が始まりました。2030年までにTOPIX(東証株価指数)算出対象銘柄のうちトップ100銘柄で構成されるTOPIX100の取締役会に占める女性の割合を30%とすることを目指し、上場企業等の社長・CEOら78名 (2023年5月16日時点)からなるメンバーで女性登用の取り組み事例の共有などをしています[7]。
女性管理職が増えない要因は女性の意識だけの問題か
なぜこのように政府や企業が様々な施策を打っているにもかかわらず、管理職に就く女性の割合はなかなか増えないのでしょうか。
公益財団法人日本生産性本部が上場・非上場の企業533社の人事担当責任者またはダイバーシティ推進責任者に調査した2017年のレポート[8]によると、女性社員の活躍を推進する上での課題として挙げた企業が最も多かったのが「女性社員の意識」(80.9%)でした。
しかしデータを紐解いていくと、必ずしも「女性社員の意識」だけを変えていけばいいという問題ではないということが見えてきます。
女性管理職がなかなか増えない要因のひとつに、そもそも管理職候補となる年代の女性の正社員の層の薄さがあります。
2022年の生産年齢人口に占める女性の就業率は72.4%であり、60.7%だった10年前から年々増加しています[9]。
一方で、正規雇用の労働者に限ると、男性は全国で2,334万人、女性は1,221万人と、全国の正規労働者の約3分の2を男性が占めます。一方で、非正規雇用の労働者は男性が652万人、女性は1,413万人です。男性の非正規雇用労働者の割合は男性全体の約2割なのに対し、女性は非正規雇用の労働者の方が多いのです(いずれも2021年の実績)[10]。
「日本的雇用慣行」の大きな壁 第一子出産で3割の女性が離職
また、そもそも国内の多くの企業が、女性と男性が同様に労働し、活躍することを前提としない制度設計をしているという事実をおさえておく必要があります。
新卒一括採用、終身雇用、年功序列などを特徴とする「日本的雇用慣行」は、高度成長期に専業主婦の妻を持つ男性正社員をモデルにつくられ、定着しました。頻繁な転勤や長時間労働など、家庭での責務も担う人には厳しい労働条件がベースに敷かれています。
女性管理職の問題を考える上で特に重要なのが年功序列制です。年功序列制のもとでは、勤続年数が長いほど昇進しやすくなります。多くの企業では40代以上にならないと管理職になれません。
この年代の女性の多くが、出産前後に立ちはだかる「壁」に直面してきています。
主に今の40〜50代が子育て世帯だった2000年代は、第一子出産前に仕事をしていた女性の約6割が出産を機に退職していました。第一子出産後の女性の継続就業率は2015-19年でも約7割であり、約3割もの女性が出産を機に離職しています[11]。
株式会社日本能率協会総合研究所による2020年度の調査[12]によると、妊娠や出産を機に退職した女性は「仕事を続けたかったが、仕事と育児の両立の難しさで辞めた」(41.5%)が最も多く、さらにそのうち正社員の3割が「勤務先に育児との両立を支援する雰囲気がなかった」「時短制度や残業免除などの制度はあったが、利用できそうになかった(できなかった)」「夕方・夜間に勤務があった」を退職理由として回答しました。
会社側の育児支援制度がなかったりうまく運用されていなかったりして、意に沿わず退職せざるを得ない女性が多いことがわかります。パートナーが望んだからという理由で離職する女性も25.9%と少なくありません。
多くの会社で正社員には1日8時間のフルタイムで労働が求められていることも、育児との両立を阻む大きな壁です。多くの保育所や認定こども園は18時から20時の間に、幼稚園はもっと早くに閉所する[13]ため、それまでにお迎えに行かなくてはなりません。パートナーを含め他にお迎えを任せられる人がおらず、労働時間や勤務場所を自分で調整しづらい場合は、正社員で働き続けるのはどうしても難しくなります。
女性が「出世ルート」に乗り続ける難しさ
さらに、一度離職するとなかなか正社員に復帰できず、アルバイトやパートタイムなど非正規労働の雇用形態を選ばざるを得ないという「再就職の難しさ」[14]の壁もあります。
女性が産休や育休から復帰した後、自らの意思とは無関係に出世コースから外れてしまう「マミートラック」[15]も、女性幹部の育成を遅らせている要因です。
例えば子育て中の社員に対し、企業がよかれと思って時短以外での勤務を認めなかったり、重要な仕事を任せなかったりして、休業前と同じ働き方をしたいという本人の願いが聞き入れられないといったことが起きています。このような「善意によるキャリアの阻害」は特に女性社員に起きやすく、女性幹部の育成スケジュールが長期化するばかりでなく、意欲の高い女性労働者のモチベーションを削いでしまいます。
たとえ育児中であっても、希望する働き方は社員によって異なります。思い込みによって決めつけるのではなく、一人一人の希望を丁寧に聞き取ることが重要です。
育休から無事に復帰したり、子どもをもたなかったりして出世コースに乗れた少数精鋭の女性も「ガラスの天井」[16]に阻まれ、不当に低い地位に据え置かれ昇進を妨げられることがあります。目には見えないが確実に存在する障壁を指し、1980年代のアメリカで生まれた言葉です。
女性管理職がほとんどいない職場では、自分が管理職に就いて活躍している姿をなかなか想像できず、更には今以上に仕事の負担が増えれば家事・育児・介護を含む生活が立ち行かなくなるのではという不安から、管理職候補の女性社員でも積極的に昇進したいと思えない場合もあります。
エン・ジャパンの2023年の調査[17]によると、中小企業の人事担当者が女性社員の活躍推進に対して課題と感じている要因は「社内に女性のロールモデルがいない(少ない)」が「女性社員の意識」と並び、同率45%の1位でした。
ロールモデルの不足が、さらに若い世代の昇進への不安要素となる悪循環ができてしまっているのです。
家庭内の役割分担は平等か
昇進を望まない女性が多い背景には、パートナーである夫の家事・育児の負担率の低さもあります。日本で6歳未満の子をもつ夫婦の夫の家事育児関連時間は1時間程度で、3時間程度である欧米諸国とは大きな差があります[11]。
女性の育休取得率は2000年代後半以降8割代で推移している一方で、男性の育休取得率は急激な上昇傾向にあるものの約14%(2021年)と、依然として低水準です[11]。
育児・介護休業法の改正により「産後パパ育休」の制度が2022年に新設され、徐々に男性も育休を取りやすい仕組みや風土ができていっているものの、性別による役割分担の意識はまだ根強く残っています。
今や単独世帯(38.1%)、核家族世帯(54.2%)を除く、三世代同居世帯など「その他の世帯」は全世帯の7.7%しかありません(2020年の実績)[18]。子どもがおり、頼れる大人が他にいない核家族世帯で、パートナーにすら安心して家事や育児を任せられないのであれば、女性が「自分が仕事に専念してしまうと子どもに悪影響を及ぼすかもしれない」と危惧するのは当然のことなのです。
また、女性を登用できたとしても、「女性の上司の下にはつきたくない」と考える男性も残念ながら一定数おり、無意識の性差別意識が女性のキャリアを阻んでいる場合があります。
そもそも人事評価制度が、男性を優遇しやすい仕組みになっているのかもしれません。差別の是正のために積極的に女性を採用・登用しようとする取り組みをしていると公表すると「逆差別」だという批判に晒されやすいことも、ジェンダーギャップ解消を難しくしています。現状打破のためには時には積極的な介入が必要だということをよく理解しておく必要があります。
子育て世帯の女性が働き続けるためには「サポート側」への支援も重要
正社員として入社した女性の離脱率が高い「出産」を会社の制度と絡めて考えるとき、本人だけではなく「周囲のサポートする側」への手当ても必要です。
従来、女性のキャリア支援策を考えるとき、育休や時短勤務制度など、育児と仕事を両立する支援策が第一に考えられてきました。
ただ、1人の女性が一生のうちに産む子どもの数の指標となる合計特殊出生率は年々下がっており、2022年は1.26と過去最低でした[19]。生涯未婚率は男女ともに年々上がっています。
育休を取る社員と、空白をカバーするために「皺寄せ」を被る社員の対立は、古くから続く課題です。昨今では男女関わらず、生涯で一度も出産を経験しない社員にとっても、不公平感のない仕組みづくりが重要になってきています。
2015年には「資生堂ショック」と呼ばれる出来事がテレビで報じられ、大きな話題を呼びました[20]。社員の8割と女性が多数を占めている株式会社資生堂では、翌年の育児休業法制定よりも早い1990年に育休制度を導入するなど[21]、女性が育児と仕事を両立できる仕組みづくりに時代に先駆けて取り組んできました。
ところが時短で働く社員が増えてきたために、土日や夜間のシフトに偏りがちだった子どものいない社員から不満が噴出しました。このため2014年に育児中の社員にも土日や夜間のシフトに入るよう呼びかけ、一律な配慮の撤廃へと舵を切ったのです。
改革の第一人者だった本多由紀人事部長(当時)は、2016年に朝日新聞社が主催したフォーラムに登壇し「育児期の社員でもキャリアアップし、会社の戦力となってもらうという(女性活躍支援の)最終段階に進んだ」「社内はこれまででいちばん落ち着いた状態」と話したといいます。
2023年3月には、三井住友海上火災保険株式会社が育休を取得した社員のいる職場の同僚全員に最大10万円の「職場応援手当」を祝い金として支給することを決め、話題を呼びました[22]。育休を取得する社員も、カバーする社員も「全員がハッピーになる仕組み」を目指したといいます。
日本でさらなるジェンダーギャップ解消を進めるためには、特定の性別や状態の人だけでなく、周辺の支援する人も含めて誰もが気持ちよく働ける仕組みを考えることが重要です。
誰もが働きやすい柔軟な職場づくりを
これまで示してきたように、女性の活躍を阻む要因は多岐に渡ります。特に、年功序列制、頻繁な転勤、長時間労働などを前提とした日本の雇用慣行は大きな「壁」となっています。今現在社内にいる女性が年齢を重ねるのを受動的に待っている限り、管理職に就く女性の急激な増加は見込めません。
現状では女性に偏っている家事や育児の負担を減らすために、今後はこれまで以上に男性も積極的に家庭内の重要な仕事を担っていかなくてはなりません。
企業としては、女性の正規社員の採用を拡大し、本人やパートナーの出産後も安心して育児と仕事を両立できる制度や職場の雰囲気をつくっていく流れを継続する必要があります。それに加えて、意欲と実力があれば若くても管理職に登用する、働く時間や場所をある程度社員が選べる制度を導入するなど、人事制度の抜本的な改革を検討することも必要です。
今後は社員一人一人にとって、育児や介護を含めた職場外でコミットしなくてはならないことと両立できるだけの「選択肢がある」状態を作り、社員が自らキャリアや働き方を主体的に選んでいけるようにすることがますます重要になっていきます。
「時間あたりの生産性」で評価する評価制度、フレックスタイム制、リモートワークなど柔軟な働き方を選べる仕組みを用意することで、社員の働き方の幅が広がります。すると、結果として女性のキャリアを阻む「壁」が薄くなっていくでしょう。遠い道のりに思えるかもしれませんが、日本的雇用慣行の抜本的な改革こそが、ジェンダーギャップ解消への一番の近道なのです。
参考文献
[1] 内閣府 男女共同参画局, 2022年, 令和4年版 男女共同参画白書 2-5図 「主要国における女性の年齢階級別労働力率」
[2] World Economic Forum, 2023年6月, “Global Gender Gap Report 2023”
[3] OECD Data, 2023, “Gender wage gap”
[4] 内閣府 男女共同参画局, 2022年, 令和4年版 男女共同参画白書 1-18図「諸外国の就業者及び管理的職業従事者に占める女性の割合」
[5] NHK政治マガジン, 2020年7月21日, 「『指導的地位の女性割合 30%程度』目標を先送りに」
[6] 30% Club Japan, About 30% Club Japan
[7] 30% Club Japan, 2023年5月19日, 30% Club Japan活動報告『第8回 TOPIX 社長会』を開催
[8] 公益財団法人 日本生産性本部, 2017年1月30日, 第8回「コア人材としての女性社員育成に関する調査」 結果概要
[9] 総務省統計局, 2023年1月31日, 労働力調査(基本集計)2022年 平均, 図3 就業率の推移
[10] 内閣府 男女共同参画局, 2022年, 令和4年版 男女共同参画白書 2-7図「正規雇用労働者と非正規雇用労働者数の推移(男女別)」
[11] 厚生労働省, 2022年11月18日更新, 育児・介護休業法の改正について
[12] 株式会社日本能率協会総合研究所, 2021年3月, 令和2年度 仕事と育児等の両立に関する実態把握のための調査研究事業
[13] ベネッセ教育総合研究所, 2019年9月12日, 第3回 幼児教育・保育についての基本調査図1-1-2 閉所時刻
[14] 厚生労働省, 2015年3月, 女性の再就職・再雇用
[15] The Asahi Shimbun SDGs ACTION!, 2022年10月3日, マミートラックとは? 問題点と企業に求められる対応を社労士が解説
[16] The Asahi Shimbun SDGs ACTION!, 2022年10月26日, 女性の昇進を阻む『ガラスの天井』とは? 問題と対策を社労士が解説
[17] エン・ジャパン, 2023年4月5日, 中小企業350社に聞いた『企業の女性活躍推進』実態調査 2023
[18] 総務省 統計局, 2021年11月30日, 令和2年国勢調査 表V-1-1 一般世帯の家族類型別割合の推移 (2005 年~2020年)
[19] NHK NEWS WEB, 2023年6月2日, 去年の出生率1.26で過去最低 7年連続で前年を下回る
[20] 東洋経済ONLINE, 2016年2月20日, 「育児社員への配慮やめます」、資生堂の意図
[21] 株式会社 資生堂, 社会・環境活動のあゆみ
[22] Woman type, 2023年4月12日, 「育休取得者の同僚に最大10万円」三井住友海上の人事に聞く、育休取る人・送り出す人“全方位ハッピー”な職場のつくり方