なぜLayerXは母集団最大化を捨てたのか。候補者体験にBetする採用プロセスとは【イベントレポート】

2026.03.21

採用活動において、私たちはいつまで「数」を追い続けるのでしょうか。

バクラクをはじめ、AIを使ったプロダクト開発で知られる株式会社LayerX。エンジニア採用の界隈において、同社は「スキルの高いエンジニアが集まる会社」として広く認知されています。

2026年2月19日、採用市場研究所は、同社でバクラク事業のエンジニア採用を担う大石氏をゲストに迎え、イベント「母集団最大化を捨てる。LayerXのエンジニア採用」を開催しました。母集団最大化を捨てるというアプローチをとったLayerXは、そのリソースを候補者体験に投資していると言います。それは具体的にどのような採用プロセスなのか。その裏側にある思考とともに紐解きながら、これからの採用のあり方を考えます。

前提の整理

本題に入る前に、本記事におけるいくつかの言葉のニュアンスを揃えておきましょう。

母集団
日本の採用学の第一人者である服部泰宏氏の著書『採用学』でも指摘されているように、本来の母集団とは、世の中にいる自社にマッチする可能性を持った人材の全体像を指します。
しかし、多くの採用現場では、現在の応募者数や選考中の人数といった、可視化された一部のパイプラインを指して使われるのが一般的です。本記事では実務の慣習に則り後者の意味で使用しますが、「見えているパイプラインは市場全体の一部にすぎない」という前提のもと、話を進めます。

人材要件と採用要件の違い
本イベントのモデレータである秋山が共著した『図解 採用入門』から引用し、以下の定義で使用します。

・人材要件
企業が中長期的に求める人材像の全体像。経営戦略や組織文化に結びつく、抽象的・汎用的な概念。採用だけではなく、異動や人材開発の場面でも用いられます。

・採用要件
上記の人材要件を踏まえつつ、採用において職種・ポジションごとに定める具体的な条件。職務を遂行するために必要な行動・スキル・スタンスで表現します。

採用要件と関連用語
図1 採用要件と関連用語 出典:坪谷邦生、秋山紘樹『図解 採用入門』

数の最大化がもたらす、負のスパイラル

採用活動が難航し、選考パイプラインに乗る候補者が少なくなると、採用担当者の頭にまず浮かぶのは、ターゲットの間口を広げて母集団を増やさなければ、という意識です。歩留まりから逆算し、まずは入り口の分母を確保する。これは長く採用の現場で取られてきた現実的な対応策でした。

しかし、スカウト通数やエージェント推薦数を追うほど、採用担当者のカレンダーは埋まり、現場のマネージャーは面接に追われていきます。この入口の枠を広げるアプローチが、採用に関わる人々を疲弊させ、候補者体験を損なうことになっていないでしょうか。

LayerXの大石氏は、応募数を追うほど負のスパイラルに陥る可能性があることを過去の経験から理解していました。

採用要件を広げて母集団を最大化すれば、当然ながら事業戦略上求める人材要件に合致しない応募が増え、2つの大きな弊害が生まれます。

まずひとつめは、大量の書類選考や形式的な面接にリソースを奪われることで、本来最も丁寧に向き合うべき本当に迎え入れたい候補者との日程調整が先送りになるという機会損失です。

そしてもうひとつは、応募いただいた多くの方をお見送りせざるを得なくなるということです。これは多数の人にネガティブな体験を与えることと同義です。

採用とは単なる人員補充ではなく、組織のリソース配分という戦略的要素で成り立っています。同社は、まだ接触していない人材が市場から減ったという理由でターゲットの枠を広げるというアプローチを選択するのではなく、広範囲な募集活動に割いていた時間と精神的余裕を、目の前の候補者との相互理解へと集中させる意思決定を下しました。

選考を審査ではなく、一緒に働くイメージを育てる場へ

入り口の枠を広げない代わりに、同社が徹底して投資するのが選考の質と候補者体験です。その象徴的な取り組みが、選考プロセスに組み込まれた「トライアル入社」です。

Bakuraku エンジニア採用選考フロー

図2 Bakuraku エンジニア採用選考フロー

候補者は有給休暇などを利用して平日1日を確保し、秘密保持契約を結んだ上で、実際の業務課題に取り組みます。これは企業が一方的にスキルをテストする場ではなく、候補者もまた、実際のコードベースに触れ、社員と議論し、ランチを共にする中で、LayerXで働くイメージを高い解像度で確認するための時間です。

平日1日を拘束するような負荷の高い選考を課せば、辞退につながったり、他社の選考にスピードで負けたりするのではないか。イベントでは、この点について質問があがりました。

これに対して大石氏から語られたのは、候補者に対して選考プロセスとその意図を丁寧に伝えること、そして優秀なエンジニアのインサイトでした。

例えば、一次・二次面接のプロセスに入る事前のHR面談では、選考プロセスの各フェーズにおける意図と必要性を丁寧にすり合わせています。これにより、トライアル直前での辞退が起きることは稀だと言います。

そして施策の後押しをするのが、優秀なエンジニアほど「脳に汗をかく」実践的な課題を面白がるというインサイトです。手応えのある体験を提供することこそが、候補者体験の向上につながっています。

大石氏は、選考に時間がかかるため他社にスピードで負けることがあると認めたうえで、それでもプロセスを曲げない姿勢を示しました。結果的に生じるミスマッチこそが双方にとって最大の失敗だと捉えているからです。

LayerXでは、お互いが心から納得して入社するための相互理解へリソースを集中させています。選考プロセスが候補者と企業、双方にとっての見極めの場だと捉える採用担当者は多いことでしょう。そこから一歩踏み込んで、選考プロセスが候補者から選ばれる理由として機能しているか。これは企業規模を問わず、今すぐ見直すことができるテーマです。

中長期的な関係構築に欠かせない広報とタレントプール

選考に時間をかけ、妥協のない相互理解に振り切るということは、当然ながら今すぐ転職したいという顕在層の奪い合いにおいては、他社にスピード負けするリスクを伴います。また、採用要件を広げない以上、いずれ新たな接点作りは頭打ちになるでしょう。

ここで陥りがちなのが、「もう市場にアプローチできる候補者がいない」という錯覚です。市場から候補者である人々がいなくなるわけではありません。自社からの見え方が、未アプローチからアプローチ済みへ、あるいは未反応から選考中へとステータスが変わるだけにすぎないのです。

大石氏は、転職意向が顕在化する前の潜在層の段階から関係を作り、いざ転職するタイミングで第一想起される企業であることが重要だと語りました。

このステータスの変化を前提とし、今すぐの応募に依存しない採用を持続可能にしているのが、中長期的な視点に立った広報活動とタレントプールの運用です。

同社では技術広報と採用広報の役割を切り分けています。技術的な知見を純粋に発信する技術広報によってエンジニアコミュニティへの貢献と認知を積み上げ、具体的な採用ニーズが発生した際に採用広報が機能する土壌を整えています。

また、優秀な人材ほど転職のタイミングは限られます。一度アプローチしたタイミングではご縁がなくても、タレントプールを通じてそれぞれの状況を把握し、数ヶ月に一度の定期的なコンタクトや、ライフイベントの節目などに合わせたコミュニケーションを継続しています。

候補者の時間軸と企業の時間軸

図3 候補者の時間軸と企業の時間軸

企業が人が欲しいと思ったときだけ声をかけるのではなく、日常的な発信と対話を通じて仲間として認識され、長い関係性を育てていく。この地道な活動が、母集団の最大化やスピード勝負に依存しない独自の採用エコシステムにつながっています。

採用を関係性のプロセスへアップデートする

LayerXの取り組みは、書籍『図解 採用入門』で解説されている「採用活動を企業が一方的に人材を選ぶ場ではなく、個と組織が互いに理解し合い、納得のうえで握手を交わす営みである」「ワークサンプルやジョブトライアルは、入社後のパフォーマンスを予測する上で妥当性の高い選考手法である」という理論を、現場で体現し機能しています。

ワークサンプルのイメージ

図4 ワークサンプルのイメージ
出典:坪谷邦生、秋山紘樹『図解 採用入門』

これは、LayerXだからできることなのでしょうか。


彼らの手法をそのまま追従する前に、自問すべきは「自社が本当に大切にしたい候補者のために、何を捨てる覚悟があるのか」という姿勢そのものです。


「もうアプローチできる母集団がいなくなった」と嘆き、焦って要件を広げ、膨大な選考対応にリソースを奪われる。このことにより、肝心の目の前の候補者との対話がおろそかになってしまっては本末転倒です。

LayerXは、候補者体験の熱量を最大化するために、母集団の最大化を捨てる勇気を持ちました。採用を確率論のゲームから、関係性の質を高めるプロセスへとアップデートする時期が来ています。採用における捨てる勇気と、熱量を注ぐ場所の選定の準備はできていますか?

協力:株式会社LayerX
執筆:秋山紘樹
作図:髙橋麻実
編集:木下牧子

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