企業が注目する「アルムナイネットワーク」とは何か

2024.08.07
採用関連用語

執筆:秋山紘樹
協力:雨宮百子
作図:上石尊弥

アルムナイネットワークに関する情報発信は企業側からの視点が強調されがちです。「アルムナイ立ち上げによる再雇用成功」や「効果的なアルムナイの構築方法」など、企業主導の取り組みを紹介する記事が多く見られます。しかし、これらの取り組みの多くは短期的な採用成果に焦点を当てすぎている可能性があります。

実際には、アルムナイネットワークは企業、退職者、現職社員が相互に作用しあって初めて成り立つものです。本記事では、この三者の視点からアルムナイを考察し、アルムナイがより持続可能で、三者にとって意味のある存在となるための方法を探ります。

アルムナイの定義と価値

「アルムナイ」という言葉は元々、ラテン語の “alumni”が語源で、学校や大学の卒業生を指していますが、現代の労働環境の変化に伴い、企業の退職者グループにも適用されるようになりました。この新しい使い方に対する呼び方はまだ統一されていません。「アルムナイネットワーク」の他、「企業アルムナイ」「コーポレートアルムナイ」「アルムナイコミュニティ」など、さまざまな呼び方がされています。本記事では、アルムナイを「企業と過去の従業員が相互の利益を目的として形成する、緩やかなつながりを持つグループ」と定義します。

パーソル総合研究所の調査[1]によると、企業にとってのアルムナイ構築のメリットは以下の3点です。

1. 協働:再入社、組織外の知見や人脈の活用
2. ブランディング:ポジティブな評判の拡散、ネガティブな評判の蓄積防止
3. 顧客化:BtoBのビジネス取引、商品・サービスの販売、リピート促進

これらを退職者の視点で捉えると、以下のような価値が見えてきます。

1. 協働:キャリア機会の拡大、業務委託先・副業・受注先
2. ブランディング:ネットワークの維持・拡大、個人ブランドの向上
3. 顧客化:優遇された顧客としての扱い、ビジネスチャンスの獲得


図1 アルムナイネットワークにおける退職者と企業のメリット

「 弱い紐帯(ちゅうたい)」の重要性

社会学者マーク・グラノヴェターが提唱した「弱い紐帯の強さ」の概念は、アルムナイネットワークにおいて重要な役割を果たします。弱い紐帯とは、親密な関係よりも、むしろ浅く広い人間関係が新しい情報や機会をもたらす力が強いとする考え方です。これは、同じような視点を持ちがちな親しい友人よりも知人や顔見知りといった「弱い紐帯」を持つ人々のほうが、異なる情報源や視点を提供しやすいからです[2]。
表面的には疎遠な関係でも、新しい情報やアイデア、機会へのアクセスを促進するこの考え方は、アルムナイの多面的な価値を理解する上で重要です。採用のみを目的とした1対1のアルムナイ活動では、この「弱い紐帯」がもたらす価値を見逃す可能性があります。

アルムナイをグループとして捉えると「1対多」の関係で考えるのが自然です。この視点は、企業と退職者の縦の関係だけでなく、退職者同士の横の関係も重視します。退職者同士の交流は、会社の変遷や業界動向に関する多角的な視点を提供し、新たなビジネスチャンスや協業の可能性を生み出す可能性があります。

アルムナイネットワークの構築は、退職者だけでなく、現職社員の体験を含めた連続的なプロセスです。中長期的な視点を持って「弱い紐帯」を育むことが、結果的により大きな成果につながります。従業員体験とアルムナイネットワークを地続きのものとして捉え、「弱い紐帯の強さ」を活かした活動を展開することで、企業は持続可能で価値あるアルムナイネットワークを構築できます。これは単なる再雇用の場を超えて、知識共有、イノベーション創出、個人と組織の成長を促進する場となり、長期的には採用面でも大きな成果をもたらすでしょう。

良い関係づくりは入社当日から始まっている

「弱い紐帯」を効果的に構築するには、従業員として働いていた時期の良好な関係性が前提となります。つまり、アルムナイネットワークの成功は、実質的に入社した瞬間から始まっていることに注意しましょう。多くの企業が、この重要性を見逃し、従業員体験の充実を飛ばし、アルムナイネットワーク作りに注力しがちです。しかし、これでは本末転倒です。

現職の従業員は将来のアルムナイであり、良好な従業員体験は「資産」となって積み上がり、退職時のアルムナイ参加へのポジティブな要因となります。一方、否定的な従業員体験は「負債」となり、将来の関係構築の大きな障壁になります。

図2 従業員体験がアルムナイ参加への鍵となる

アルムナイをうまく機能させるためには、企業と退職者の関係性、そして退職者同士の関係性の両方が重要です。1対1の関係性だけに依存すると、採用チャネルとしての価値が徐々に減少していく可能性があります。アルムナイネットワークの形成においては、緩いつながりを感じられるような環境を提供することが重要です。企業は、アルムナイネットワークに対する理解と価値を深めることが求められます。

重要なのは「楽しい場」つくり

とはいえ、いきなりアルムナイネットワークを立ち上げるのは難しいかもしれません。たとえば、弊社では「スナックせんさい」という活動があります。コロナ禍でリモートワークに移行し、社員間コミュニケーションが不足していたことをきっかけに有志メンバーが独自で立ち上げた交流イベントです。オフラインとオンラインが混在しており、直近のオフラインのイベントでは、約30人が参加しましたが、結果として退職者も多いものとなりました。

退職後にも関わらず、彼らが飲み会に参加する理由は、同じ過去を共有した場所で、共通の経験を語り合える場があるからです。イベントでは「いま何しているの?」という話題から、新卒社員に対して退職者が生き生きと自身の経験を語る場面も見られました。昔はあまり話をしなかった同じ部署の人々とも新たに繋がる感覚が生まれます。 このネットワークのいいところは、役職関係なく、みんながフラットな関係でただ楽しむことができる点です。

いきなりアルムナイを組織することが難しければ、まずはこのような草の根活動を資金的に支援してみるのはどうでしょうか。ただし、企業が公に支援していることがわかると、一部の参加者にとって気が重くなってしまう可能性があります。なので、まずは企業が公に支援しているような形が見えず、社員の自主的な活動というような見え方が望ましいでしょう。

良好な従業員体験があってこそ、アルムナイネットワークは自然に形成され、持続可能なものとなります。こうして形成されたアルムナイネットワークにより、企業は再雇用の場を超えて、知識共有やイノベーション創出を促進し、個人と組織の成長を支援することができるようになるでしょう。

参考文献
[1] パーソル総合研究所, 2022年12月16日, HITO Research Digest コーポレート・アルムナイと継続的な関係構築をするには? – コーポレート・アルムナイ(企業同窓生)に関する定量調査
[2] マーク・グラノヴェター, 渡辺 深 (翻訳), 2019年11月28日, 社会と経済 枠組みと原則, ミネルヴァ書房

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