インサイトとは何か?
「潜在ニーズ」を捉えるために気を付けるべきこと

2024.06.28
採用関連用語

執筆:秋山紘樹
協力:雨宮百子
作図:上石尊弥

「インサイト」という言葉は、心理学、ビジネス、教育学のような専門的な分野だけでなく、個人の洞察やビジネスインサイトなどの日常用語としても使用されており、その多義性によって混乱を招くこともあります。本記事では、「インサイト」という概念を深く掘り下げ、その背後にある意味とその適用範囲を明らかにすることを目指します。

インサイトの定義と分析

インサイトの日本語訳として「洞察」と表現されることが多いのではないでしょうか。洞察の「洞」は、古典では、「突き抜ける穴(ほらあな)」と「スムーズに通る」という意味で使われています。洞察の「察」は、論語では、「曇りなく(はっきりと)見分ける」という意味で、物事の本質を見抜くことです。
このように、洞察という言葉は、表面的な理解を超えて、物事の深層にある真実を見抜くことを意味します。この概念は特にマーケティングや広告の分野で重要視されるようになりました。

例えば『マーケティング・リサーチの基本』[1]という本には、「インサイトという用語は、1990年代に欧米の広告会社で見られた『アカウント・プラニング』という動きから生まれた」と書かれています。アカウント・プラニングとは、消費者の意識や行動を深く理解してクリエイティブな広告開発に活かそうという動きです。
消費者の心を動かし、購買行動を変化させる広告を制作するには、行動の背後にある「なぜ、その商品を買ったのか」という消費者が言葉にできない、あるいは本人も意識していない深層心理や無意識の「理由」の探求が不可欠であると考えられました。本書では、インサイトを「(人に行動、起こさせる動機となる)、消費者の深層心理や潜在的欲求」と定義付けていました。

他にも『コンセプトの教科書』[2]には、「ビジネスにおける顧客インサイトを定義するならば、『まだ満たされていない、隠された欲求』と表現することができる」と書かれています。本当はそこに不満や苦痛があるにもかかわらず、その状態に本人すら気づいていない状況を示しており、優れたインサイトとは、聞いた瞬間に「言われたらそうかも!」とハッとするものだということです。

例えば、本書では食品宅配専門スーパーの「Oisix」の成功事例が紹介されていました。忙しい主婦が、手間はかけたくないけれども、料理をしている感(明らかに手抜きではないもの)が欲しい、という一見矛盾しているような状況がインサイトを生んでいると説明しています。これが、「共感(手間はかけたくない)」と「発見(料理をしている感)」の掛け算によって生み出されているのは注目すべきことでしょう。

図1 インサイトの捉え方

インサイトはどのように発掘するのか

前述の文献や例から、インサイトを捉えるための共通点をまとめると、下記のような要素が必要であることがわかります。

・潜在的なニーズや欲求の発掘
・本質的な理解
・葛藤の解明
・行動変化の促進

これらを踏まえ、ここでは採用活動におけるインサイトの定義を「求職者に潜在しているニーズであり、企業が採用活動に活かすことができるもの」[3]としました。 採用活動では、候補者からオファー承諾を得るだけではなく、その人物が入社してから企業に定着し、活躍していけるかどうかという側面も重要です。

今回は入社後のオンボーディングのシーンを例にインサイトを捉えるまでをシミュレーションしてみます。

最近入社したAさんの入社理由の一つは、「新しいことにどんどんチャレンジして成長できる環境がある」という点でした。この理由を踏まえて、上長はAさんが成長を実感できるように、入社後共にストレッチゴールを設定しました。しかし、1か月後の1on1の会話で、上長はAさんが何かについてモヤモヤを感じていることを察しました。

上長が「具体的にどんなことに対してモヤモヤしているの?」と尋ねたところ、Aさんは「成長したいと思いストレッチゴールを設定したにも関わらず、大変なことが多くなんだかうまくいっている気がしないんです。正直なところ苦しいです」と答えました。

上長「なるほど…ちなみに成長という単語にどういうイメージを持っていますか?」
Aさん「自分のなかでできることが増えていく感覚です」

上長「例えば、成長には失敗がつきものだと思うけど、失敗することに対してはどう思いますか?」
Aさん「今このタイミングで失敗するのは嫌です」

上長 「なぜでしょうか?」
Aさん「いろんなことにトライしてできること増やしていきたいのですが、中途入社でもあるので、周囲の目が気になって失敗できないというような感覚がある気がします」

上長「それって、失敗した時の影響を考えると、職場内の見られ方含め、再起するのがなかなか難しいんじゃないか、ということですか?」
Aさん「たしかに…。だから気を張って苦しいのかもしれません。いち早くいろんなことに挑戦し、成長したいのに…」

上長「もしかしたら、今のAさんに必要なことは、新しい挑戦ではなく、周囲との関係性を築くことかもしれないですね。失敗をしても一緒に乗り越えられる仲間を作ること」
Aさん「…そうなのかもしれませんね。気を張って一人で突っ走っていたかもしれません」

上記のシーンの場合、「最速で成長はしたいものの、失敗はしたくない」というインサイトがあり、職場の人間関係が転職者の「成長」という想いに大きく影響を与えていることがわかりました。
成果を出すためには「環境に適応してから、職務に適応する」ことが必要だと言われています。なので、正しい解決策は、まずは成長させるまえに、Aさんと周囲の環境作りをすることでした。

このようにAさんは上長と対話する中で自覚していなかったインサイトに気づき、上長が提示したネクストアクションに対し納得感を持って臨むことができました。
採用活動においても、インサイトにアプローチすることは有効だと言えます。ターゲットとなる候補者のインサイトにアプローチできるような施策を打つことができたなら、インサイトを突かれた候補者は「この企業はまさに自分にマッチしている」と納得感をもち、入社意欲が上がる可能性が高くなるのです。

潜在ニーズを捉えるには、とにかく対話

インサイトを正確に捉えるためのアプローチには、単なる数値やデータの分析を超えた理解が必要です。インサイトは、その背後にある深層ニーズや動機を理解するプロセスを含んでいるからです。例えば、アンケート調査などの定量、または定性的な手法で得られたデータ(二次データ)は、表面的な結果を提供するかもしれませんが、これらは単なる調査結果です。仮説を立てる際に二次データを活用することは有効ですが、これだけで深い洞察を得るのは困難です。

二次データや、ステレオタイプのみでインサイトを導き出してしまうと、それがなぜそのように表現されたのか、どのような経緯や不安がその背後にあるのか、という重要な情報が見落とされがちです。データが示す以上のものを理解するためには、直接的な対話を通じて、その背景や動機に迫る必要があるということです。このプロセスを通じて初めて、潜在的なニーズ、つまりはインサイトが明らかになるのです。

参考文献
[1]岸川茂, JMRX, 2016年9月19日, この1冊ですべてわかる マーケティング・リサーチの基本, 日本実業出版社
[2]細田高広, 2023年5月31日, コンセプトの教科書 あたらしい価値のつくりかた,ダイヤモンド社
[3]桶谷功, 2018年5月24日, 戦略インサイト――新しい市場を切り拓く最強のマーケティング, ダイヤモンド社 をもとに編集

メールマガジン