ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン(DE&I)は採用においてなぜ重要なのか

2023.08.01
リサーチ

執筆:雨宮百子
作図:上石尊弥

最近「DE&I」という言葉が注目されています。DE&Iとは、Diversity(ダイバーシティ)、Equity(エクイティ)、Inclusion(インクルージョン)の頭文字をとった言葉です。今回の記事では、採用においてDE&Iが注目されている理由や背景を事例とともに紹介します。

DE&Iとは何か

日経ESG [1]では、DE&Iについて、「性別や年齢、国籍、障がいの有無、価値観をはじめ、多様な人材がお互いを認め合い、尊重し、違いを生かし、一人ひとりが力を発揮できる環境を築くことを意味している」と記載しています。DE&Iをもう少し分解すると、下記のように説明できます。

ダイバーシティ(Diversity・多様性):
ダイバーシティは、個々の違いを認識し、尊重し、価値あるものとすることを指します。これには、人種、宗教、性別、性的指向、年齢、文化、能力などの違いが含まれます。

エクイティ(Equity・公平性): エクイティは公平性を指し、個々の違いを考慮に入れて平等な機会を提供することを目指します。これは、特定の人々が遭遇する固有の障がいを認識し、克服することを含みます。

インクルージョン(Inclusion・包摂性):
インクルージョンは、個々の違いを尊重し、全員が参加し、貢献できる環境を作ることを目指します。

なお、これらの要素は相互に関連し、一体となって働きます。多様性がなければ、全員が公正に扱われ、参加する機会を得ることは難しいでしょう。同様に、公平性と包摂性がなければ、多様性はその潜在能力を発揮することはできません。

DE&Iによって競争優位性を保つ

McKinsey&Companyが2015年に発表したレポート「Why diversity matters(なぜ多様性は重要なのか)」[2]では、多様性は企業の競争力向上に対して重要な要素であると指摘し、ジェンダーと人種・民族の多様性が高い企業は、業界平均を上回る財務リターンを獲得する可能性が高いと述べています。
一方で、これらの多様性が低い企業は平均以上のリターンを得る可能性が低く、多様性が競争上の優位性を生む要素であることを示しています。

多様性と利益の間には相関関係があります。多様性が高い企業は優秀な人材の獲得、顧客志向、従業員満足度の向上、意思決定力の強化などを通じてリターンを増大させる可能性があるからです。 さらに、年齢や性的指向グローバルマインドや異文化理解などの多様性も、人材の獲得と維持において競争優位性を提供する可能性があることが示されています。

多様性を重視した採用によって企業の中に多様な視点が生まれ、創造性や問題解決能力が向上し、組織全体のパフォーマンスが高まります。年齢や性的指向に関する多様性は、異なる価値観や経験が組織内で共有されることを意味します。これにより、企業はより広範な顧客層に対応できるだけでなく、新たなビジネスチャンスや市場開拓が容易になります。

また、グローバルマインドや異文化理解を持つ人材の採用は、国際ビジネスにおいてますます重要になっています。これらの人材は、異文化間でのコミュニケーションスキルや異なる市場への理解をもたらします。その結果、企業はより効果的なビジネス戦略を策定し、世界中のパートナーや顧客との協力関係を築くことができます。

だからこそ、採用プロセスにおいて多様性を積極的に促進することは、企業が競争力を維持・向上させるために重要なのです。そのためには、選考基準や面接プロセスを多様性を考慮したものに見直し、バイアスのない環境を整えることが求められます。多様な人材を採用することで、企業は新たな可能性を引き出し、持続的な成長を実現できるでしょう。

Deloitte University Pressのレポート「2017 Deloitte Global Human Capital Trends(人的資本の世界的な動向)」[3]によれば、現代の組織の多くではCEOレベルで多様性と包摂性が重視されており、これらを全面的な戦略として人材のライフサイクル全体に取り入れています。

多様性に関わる取り組みを人事部が形式的に「チェックマークをつけて完了したことにする」だけの時代は終わり、CEOが主導し、全レベルのリーダーに対する説明責任を強調する時代が到来しています。

近年では、包摂性を最優先課題とする経営者の割合が増え、多様性と包摂性の取り組みの主要なリーダーがCEOであると報告する経営者の割合も増加しています。

DE&Iを意識した採用や組織づくりの事例

例えば、グローバル企業の代表ともいえるコカ・コーラの年次報告書(「Annual report pursuant to Section 13 and 15 (d)」)[4]をみてみましょう(2023年2月に発表)。ヒューマン・キャピタル・マネジメントの項目は、要約すると下記が記載されています。

私たちは、サービス提供市場を反映する多様性、公平性、包摂性を備えた職場が企業成長と成功に不可欠だと考えています。2022年12月31日現在、米国で7800名の従業員を抱え、そのうち40%が女性、48%が有色人種です。私たちは全ての人が共有する良好な未来を創造し、平等な機会と帰属意識を提供することを目指しています。

2030年の目標は、全世界で女性リーダーを50%にし、米国では全等級で国勢調査に基づいて人種・民族の比率を反映した採用を行うことです。また、多様性、公平性、包摂性をサステナビリティの目標に含め、これが成長の重要な推進力であると認識しています。

コカ・コーラでは、DE&Iを社内に根付かせ、実践していくためには、継続的な教育、傾聴、学習を通じて、従業員に必要なツールやトレーニングを提供し、相互支援の精神を育むことが重要だと考えています。 

「Together We Stand, Together We Must(ともに立ち、ともに動こう)」というガイドブックが開発され、従業員に共有されました。人種に関する対話を促し、思考や行動の変化を推進したほか[5]、役員報酬プログラムにはDE&Iの定量および定性要素を導入しています。

日本でもDE&Iが注目される理由

日本においてDE&Iが注目される背景にはいくつかの理由がありますが、特に少子高齢化グローバル化は注目すべきポイントでしょう。

少子高齢化に伴う労働人口の減少や人材不足により、女性が働きやすい環境を整えたり、高齢になっても働き続けられる環境づくりをしたりする重要性が高まりました。

また、世界的に価値観の多様化が推進されていることも、大きな後押しになっています。日本の企業が海外に展開し、より広く優秀な人材を獲得するためには、外国人材の受け入れやLGBTQ(性的少数者、セクシャルマイノリティ)への配慮を積極的に行うことが欠かせません。[6]

総合人材サービスのパーソルホールディングス株式会社の調査[7]によると、特にDとIの指標化項目として、年齢割合、性別割合(全社/管理職)については30%強の企業が指標化を行っていることが明らかになりました。

図1 D&I の指標化項目(全体/起業規模別)※複数回答

不二製油グループ本社株式会社の2021年版統合報告書の冒頭にも、「DE&I」という言葉が登場しています。日本経済新聞によれば、同社グループは海外の従業員が全体の7割で、主要国・地域にDE&I推進の責任者も置き、事情に応じた公正性を確保するための課題の特定などを急いでいます。[8]

オムロン株式会社は、オムロン本体に勤務する国内の約4600人の社員を対象に、週3日の勤務や短時間勤務など、働き方を選択できる制度を2023年3月から導入しました。[9]

株式会社クボタも、職場の風土改革に力を入れています。社長ら経営陣を含む全社員を「さん」付けで呼ぶよう推奨し、意見を言いやすい文化を育むための組織づくりを目指しています。[10]

このように、日本の企業でもDE&Iを意識した組織改革がすすみ、採用における企業のアピールポイントとしても活用しています。特に、人手不足が大きな課題となっている昨今、多様な人材をひきつけるための施策は「待ったなし」だと言えるでしょう。

戦略に基づいた採用の重要性

多様性と包摂性(DE&I)は、組織の成長と成功に不可欠な要素です。例えば、週3日勤務や短時間勤務制度の導入は、様々な生活スタイルや働き方を望む人材に対して柔軟に対応できるため、多様なバックグラウンドの人材が活躍できる環境を整えます。
これにより、採用時により幅広い人材プールから選定でき、企業が長期的に競争力を維持することに貢献します。
 
しかし、単に制度や数値目標を整えればそれがDE&Iに繋がるという認識を持つのは少し気が早いでしょう。制度は実際に社内で活用されることに意味があります。利用者に有益であるかどうかを確認するためには、例えば1on1などで、お互いが働きやすい環境で働けているかを確認する時間が必要かもしれません。

例えば、ある社員は体調の問題で満員電車での通勤が難しく、また別の社員は親や子どもの介護や病気のためにフレキシブルな勤務体系を望んでいるかもしれません。DE&Iというと、性別や、国籍、障がいなどに目が向きがちですが、実際には全ての人が何かを抱えて仕事をしていると認識すべきです。

私たち一人一人が抱える課題は多種多様です。そのため、それらを考慮に入れた制度を構築し、運用することが重要です。状況に応じて、制度を変更することも求められます。

「他社が実施しているから自社でも導入する」「とにかく数値目標を達成する」というような単純な制度導入は避けましょう。真に有意義な制度は、それぞれの社員の状況を深く理解し、その上で対応策を考えることから始まります。採用のための制度設計ではなく、社員とともに作り上げていく総合的な改革が、結果として企業の競争優位性を高め、持続可能な成長を達成するための基盤となるでしょう。


[1] 日経ESG, 2023年3月6日, ESG・SDGsキーワード解説 – DE&I
[2] McKinsey&CompaDE&I | 日経ESGny, Dame Vivian Hunt, Dennis Layton, and Sara Prince, 2015年1月1日, “Why diversity matters”
[3] Deloitte Univeristy Press, 2017年, “Global Human Capital Trends: p.107”
[4] The Coca Cola Company, 2023年2月21日, “Annual Filings (10-K): Annual report pursuant to Section 13 and 15(d)”
[5] The Coca Cola Company, “Learning and Communication Tools Help Build More Inclusive Culture” “Fostering Allyship”
[6] 日経ビジネス, 2022年9月7日, ダイバーシティ&インクルージョンとは? 人材確保・活用する組織づくり
[7] パーソルホールディングス株式会社, 2023年1月13日, 【パーソル・データから見る企業実態調査】女性活躍推進・外国人採用に取り組む企業が半数を超える年齢構成では「若手層が少ない」が30%超、進む従業員の高年齢化」
[8] 日本経済新聞, 2022年11月15日, パナソニックや不二製油、職場の壁溶かす合言葉「DEI」
[9] 日本経済新聞, 2022年11月21日, オムロン、週3日勤務も可能に 学び直し支援に新制度
[10] 日本経済新聞, 2022年9月1日, クボタ、社長にも「さん」付け 意見言いやすい文化育む

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